台風は大きく進路を変えたにもかかわらず、史上最大級の台風、なんて騒がれていた余韻か、ここ数日というもの、街には雨が降り続いていた。時には音を立てて強く、時には霧のように静かに。それでも、季節外れの長雨は一度もやむことなく、ただただ世界を包んでいる。
 雨の日は静かだ。まるで街中が息をひそめて、何かから隠れているかのように、夜でも喧騒の絶えない街がまるで、まったくの他人であるかのように沈黙を守っている。なるべく音を立てないように、細く窓を開けて外を見る。やまない雨。雨は、今夜から明日の朝にかけて少し強くなるという。
「このままずっと、」
 この雨がやまずに降り続いたとしたら、すべてを流し去ってくれるだろうか。何もかも、ひとつ残らず、奪い去ってくれるだろうか。ノアの方舟の神話では、人類の堕落に怒った神様が、大雨を降らせて大洪水を起こしたという。それなのに、なぜノアを救ったのか。なぜ、人類を残したのか。
 雨が降るたびに思う。(ばかばかしい。)誰も何も、すべてなんて奪い去ってくれやしないのに。
 雨はやまない。死んだように静かな街は、霧雨の向こうに霞んでいる。
 ノアは幸福だったのか。ほんの一握りの存在だけを残して滅んだ世界に、再びの繁栄を求めて生き続けることは幸福だったのか。そうして、再びつくりあげられた世界に生きることは、果たして。
「……」
 雨はやまない。たとえこのまま世界が滅ぶのだとしても、俺はノアにはなりたくない、と思った。






(やまない雨)
rainy,rainy→so close,so far