昼間の月は死んでいるかのように見える。青い空にぽっかりと浮かぶ白はまるで溶け残った絵の具のようで、不必要とも思えるのに、どうしてか異様なまでの存在感をともなってそこにある。自ら光を放つことのできない月は、けれど絶対の光を放つ太陽と寄り添うこともできない。
「世界が滅ぶ夢を見たよ」
「は? ……あァ、何つったか…何とかの、」
「ノアの方舟。なんだ、知ってたの」
「お前の考えることぐらいわかる」
 どうせまたろくでもないこと考えてたんだろ。
 言外にそう滲ませた言葉は、裏腹にひどく優しい。
「大雨で洪水が起きるのと、太陽が爆発するのと…月が落ちてくるの。願うなら、どれが一番現実的だと思う?」
「大規模な戦争が起きる。世界はともかく、人類はきっと人災で滅ぶんだろうよ」
「何ソレ、持論?」
「まァな」
 何ソレ、ともう一度言って少し微笑った。
 世界はきっと簡単には滅ばない。でも、きっと人類はそうじゃない。人は案外しぶといとかいうけれど、人が人を滅ぼそうとするならそれは、神様が世界を滅ぼすなんて神話よりもずっとずっともっともらしい話だ。
 ノアは、また救われるのだろうか。それは果たして幸福だろうか。
「何かにつけてろくでもないこと考えるんだな、お前は」
「別に、そういうわけじゃ」
「滅ぶべきときってのがあるんだろうよ。どんなものにも、等しく」
「…そうかも知れないけど、」
「ノアだって、そのときじゃなかったにしろ、いつの日にか死んだんだよ」
 何ソレ、と、また思ったけど今度は言わなかった。黙りこくった俺の頭をなでる手があたたかくて、真昼の月はどうしたって孤独に見えて、それでも世界は今日も回っていて、俺はやっぱり泣けなかった。






(孤独の空)
so close,so far→the bird is not here