終わりのない平行線。 とても近く、とても遠く。 「大佐は私に触れようとしないんですね」 街へ行くと言う仲間達に、留守番役を買って出てしばし後。 年寄りがいては何かと邪魔でしょうから、とか何とかいうわけのわからないいつもの理屈をこねて同じように宿に残ったジェイドに、長い長い沈黙を経てティアはようやくそう話しかけた。 「唐突ですね」 「私も今唐突にそう思ったんです」 「にしても、あなたのことですから何か理由があるのでしょう? ティア」 読みかけの本から顔を上げてジェイドが問いを返す。 二人きりの宿の一室は何処か寒々しく、ある種の騒々しさに慣れてしまった今となっては何となく妙な気分だった。 ティアも同じようなことを思っているのだろうか、その視線は落ち着きなく彷徨っている。 それでも、じっと自分のことを見ているジェイドの視線に気付くと居心地悪そうに少し目を伏せた。 ジェイドはティアに気付かれないように小さく笑い、本を閉じる。 きっと今日はもう続きを読み進めることはないだろう。 「何か言われましたか?」 「え?」 「誰かに、何か、そのようなことを示唆されでもしましたか?」 「…そういうんではなく…その、」 「ふむ…では、試しにキスでもして差し上げましょうか?」 冗談とも本気ともつかない口調でジェイドはそう言い、手に持っていた本をベッドへと放り投げた。 ぼすん、と重そうな音と共に舞い上がった埃が陽光に煌めき、停滞した空気の中を緩やかに漂う。 切り込むように差す西日はそう遠くない日の入りを知らせ、皆がもうそろそろ帰ってくるかも知れない、とティアは思った。 顔を上げて改めてジェイドの表情を窺う。 ほんの少し、困ったような笑みに見えた。 「…触れることを避けていませんか?」 「私がですか?」 「はい。あ、えェと……こういうときに、です。その…二人きりの、ときに」 「あなたと二人きりになる機会など、そうないような気もしますが」 言ってから、そういう問題ではないのだろうな、とジェイドは思い直す。 見ればティアは思案顔で、ぱちぱちと繰り返されるまばたきが妙に忙しなく見えた。 多分、互いに相手の言いたいことはわかっている。 けれどそれは信頼からくるものではない。 それはありえないのだと知っている。 似ているから。 口にはせずとも、互いに心の何処かでそう思っている。 「手を握られたこともあります。頭を撫でられたこともあります。キスを…されたこともあります。…でも、」 「…でも?」 「私は、大佐に抱き締められたことがありません」 誰かを受け止めることなんて出来るのだろうか。 この手は、こんなにも冷たいのに。 「…抱き締めて欲しいのですか?」 「まさか」 「なら、何故?」 毅然とジェイドを見つめてティアは微笑む。 「何てことはない、ちょっとした優越感です」 笑顔で言うティアに、ジェイドは笑みともつかない曖昧な表情を返す。 何事かを言いかけて、けれど口を噤む。 ジェイドらしからぬそんな挙動に、ティアは思わずくすくすと小さく声を立てて笑った。 「私だけが知ってることです。大佐が、案外臆病だってこと」 「それはそれは…フフ、ティアに迂闊なことは言えませんね」 これからは気をつけないと、と、冗談めかしてジェイドは呟いた。 倍近くも歳の離れた目の前の少女は、時折驚くほど大人びて見える。 己とはまた違った不相応さ。 あるいはこんなところに惹かれたのだろうか。 何度手を伸ばしたか知れない。 いつも触れる直前で思い留まり、触れてはいけないと言い聞かせる。 年齢でも立場でもない、居場所の違い。 とても近い所にいるのに、きっと、決定的に違う何かがあるのだ。 「…話は戻りますが…ティア、仮に私が、“そういう意味で”あなたに触れようとしたら、あなたはどうしますか?」 「え……」 「おや、てっきりそういう話だと思っていましたが」 「ちっ、違います! 誤解です!!」 「それは残念です」 ぱっと頬を染めるティアに、ジェイドは普段と違わぬ口調で言う。 続くのならこんな日々がいいと願い、けれどそれは望むべくもないと知っていた。 「今度二人きりになる機会があれば…抱き締めてあげますよ」 「……」 何も言わないティアから目を逸らす。 にわかに階下から騒がしい声。何ていいタイミングなのだろう。 「………本当は、」 ティアに聞こえないようにジェイドは小さく呟きを洩らす。 ―――――似ている。 不意に、本当に不意に、そう思った。 (Contrast ......ほんとうは、抱きしめたくてたまらなかった) ジェイティア…っていうか、ジェイド→→←ティアみたいな感じ。ジェイドさんの方がティアを好きっぽい? この二人は似てるような気がします、色々な意味で。でも、やっぱり全然似てないような気もします(どっち) だから要するに、そんな話です。触れることをためらうのはきっといつでもジェイドさんです。 |