変わらないものなどないのだ、と。
信じたいのか、知っているのか。










「お前はどうするんだ、ジェイド?」
「何がです?」
「全てが終わったら、だ」
 明確なようで曖昧なピオニーの言葉に、ジェイドはゆっくりと感情の籠もらない目を向けた。
 調べたい事がある、と自らの発案で訪れたグランコクマ。
 こうなる事は目に見えていたのだが、今更だ。
 ぱらぱらとデスクの上の文献を捲り、暗に答える意思のない事を示す。
 もっとも、そんな事に何の意味もない事ぐらい判っているのだけれど。
「仮定の話は好きではありません」
「お前はいつもそれだな…ふむ、ならこう尋ねようか」
 面白くもなさそうにそう言ったピオニーはけれど笑い、ジェイドは僅かに視線を落とした。
 ぱたん、と音を立てて文献を閉じる。
 どうせこうなっては調べものなどはかどるはずもない。
 ジェイドはくるりと一度、手の中でペンを回した。








  いつだったか、確かに彼は言った。
  やがて自分は皇帝になるのだと。
  それはもう、決まってしまった事なのだと。








「俺は……どうしたらいい? ジェイド」
 そんな事知るものか。
 ジェイドは胸中でそう毒づき、けれど表面には何の変化ももたらさなかったそれは音もなく昇華されて消えた。
 予想しなかったわけではない。
 寧ろそうではないかと思っていた。
 彼は時に言葉を求める。
 望む言葉は返ってこないと知りながらも、なお。
「全てが綺麗に終わるなんて事はありえない。ならばそこに残った澱みを、綻びを、一体俺はどうしたらいいんだ?」
「……陛下」
「何が残る? 何を失う? 例えばお前はちゃんと、」
「陛下!」
 ピオニーの言葉を途中で遮り、ジェイドは手に持ったペンをデスクに叩きつける。
 机上の書類に幾つか、不揃いな黒い斑点が飛んだ。
「…お前は、どうするんだ?」
「仮定の話は嫌いです」
「じゃあ確定の話をしよう。お前は今この瞬間のあと、何をするんだ?」
「…陛下、」
「このあと、だ。文献を捲るか? それとも書き損じの書類を作り直すか? それとも…」
「どうもしません…いえ、それはおかしな言い方ですね。このあとはルーク達と合流して、またいつ終わるとも知れない旅に出ますよ」
「すぐにか?」
「すぐにです」
 睨むように見つめてくるピオニーの瞳を、臆する事なくジェイドは見つめ返す。
 どの言葉も嘘ではなく、けれど真実など何処にもないような気がした。
 先刻のピオニーの言葉を思い返す。
 どうすればいい?
 …そんな事知るものか。
 それでも、刹那に予測した幾つかの答えが頭をよぎっては消えた。







  途方もない話だ、導く人を導けだなんて。
  共にありたいと願いながら、いつしか遠く離れてしまった居場所を想う。
  過去を懐かしむのは趣味ではない。
  それでも、あの日々を忘却に追いやるのはどうしても忍びないのだ。
  どうして過ぎた日を共に過ごしてしまったのだろうか。
  そんな事がなければ、恐らくこんな感情知らずに済んだというのに。







「この瞬間に確定なのは過去だけですよ」
「そんな事はないさ」
「…ではこのあとすぐ、私が陛下を殺そうとしていたら、どうしますか?」
「どうもしない。…でもそうだな、それがお前の確定なら、俺は受け入れてやりたいと思うがな」
「……心にもない事を」
「それはお前の方だろうに」
 お互いにお互いを否定しながら、けれどお互いの主張の正当性――これはお互いにだけ通じるものだが――は何処かで認めている。
 確定は或いは終わりの時だ。
 そう思っているから、頑なにその訪れを拒むのも、また。
(…あァ、くだらない)
(全く、馬鹿な話だ)
 異口同音に思うのは同じ結論。
 先刻の答えに反してジェイドは再び文献を捲り、ピオニーはそんなジェイドの手元をじっと見つめた。
 確定さえも確かと信じられない時だってある。
 例えば生死。
 例えば未来。
 例えば願い。
 例えば、例えば……。
 いつの日かそれを違えてしまう事を厭うのはジェイドの方で、それを許そうとするピオニーは違えられる事を或いは願っている。
 言葉にした事が全てとは限らない。
 "必ず帰る"と約束したとして、果たしてそれが本意であるなどと誰が断定出来るというのか。
「…陛下も人が悪いですね」
「何の事だ?」
「選択肢のない未来を、私に選ばせようとしている」
 ジェイドの言葉に、ピオニーは僅かに肩を竦める。
 ないのならつくってしまえばいい。
 酷く簡単に見えるその理屈も、互いに口にしてはいけないのだと知っていた。
 どうせ結末なんか、自分達には見えやしないのだ。
「…終わりはくるさ」
 何に、とは言わずに小さく、ピオニーは呟いた。










  終わる。
  何が?
  …あァ、全てが。










「だったら結末ぐらい、自分で決めて下さいよ」
 冷たい、ともとれる口調でジェイドは言う。
 それはお前の方だ、と。
 咽喉まで出かかった言葉には気付かなかった振りをして、ピオニーはジェイドから目を逸らした。
















(little end)


ピオジェイシリアス。相変わらず判りにくい変な観念論。
久々に心から満足する話が書けたとか思ってるのですが…何かもうそれもどうなのかって感じです(苦笑)
この二人は物凄く大人で、でも子供時代の共有があるからこそどうしようもない事があるのではないか、と、そういう話。