見上げた空に思う事。
例えるならそれはいつかの。










 石畳を踏む靴底は不揃いに音を響かせ、しんと静まり返った街の空気を震わせた。
 当て所なく街道を下り、街の出口を目指す。
 勿論出立は明日の予定で、正確な時間は判らないが恐らくまだ日付が変わる前であろう、とティアは思った。
 夜もすっかり更けた今となれば、昼間のあたたかさが嘘のように冷気が忍び寄ってくる。
 星のない、けれど満月の夜だった。
「いい夜です」
 降ってきた声についと視線を上げれば、隣を歩くジェイドはまるで同じような格好で空を見ていた。
 視線の先に月はなく、ただぽっかりと広がる濃紺の空。
 夜空は黒くない。
 そう言ったのは誰だっただろうか。
「大佐、身体を休めないと明日に響きます」
「まァそう仰らずに。たまにはこういう時間も必要ですよ」
「夜中に散歩をする事に、何か意味があるのですか?」
「そういう事ではありませんが…ま、そう思って頂いても結構ですよ」
 いつもながら釈然としないジェイドの言葉に、ティアはわけが判らないとばかりに息を零す。
 どうせ何を言った所ではぐらかされてしまうに決まっている。
 そう気付いたのがいつだったかはもう覚えていないが、たとえどれだけ行動を共にしようとも真にこの人を理解する事など出来ないような気がする。
 ぼんやりと虚空――或いは濃紺の空――を見つめながらティアはそんな事を考え、コツコツと響く不揃いな靴音に耳を傾けた。
 夜は静かだ。そして冷たい。
 まるで取り残されたような気分になる。
 暗闇に一人。ぽつんと。
「…私は夜が好きではありません」
「そうですか? 私は好きですが」
「夜闇は、ただの暗闇とは違う気がします」
「違う…とは?」
 ジェイドの問いに、ティアは斜め上辺りを見上げながら緩やかに首を振ってみせる。
 豊かな髪が静かに波打ち、コツコツとティアの奏でる靴音に合わせて揺れた。
 冷たい夜気が肌を撫でる。
 ジェイドは何も言わずに、ただじっとティアの横顔を見つめた。





  言い知れない孤独、不安感。
  夜はそんなものを思い出させる。
  自分が、遠い昔に置き忘れた何かを。





「ちゃんといますよ」
「え…?」
「私はちゃんと、ここにいますから。あなたの隣に、ね」
「……大佐…?」
 先刻とは逆に、問いかけてくるティアにジェイドがはぐらかすような笑みを返す。
「いつか判ります。そしてその時、あなたが夜を好きだと言ってくれたら」
 私はとても嬉しく思いますよ。
 そう言ってジェイドはおもむろにティアの手を取り、手袋越しでも冷え切っている事が判る小さな手を軽く握った。
 コツン、と一つ。高い音と共に靴音がやむ。
「……私は、好きですよ」
 何を、と明言はせずに零れ落ちた呟きに、ティアは黙って小さく頷いた。
















(Judicial Tact.....nocturne)


み、短い……気が…。個人的にとても綺麗に纏まったと思っています、珍しく(苦笑)
そして更に珍しい事にちゃんとジェイティアになってます。ラブラブです。