終わってしまった日々。
或いは、今もって生き続けていく想いに。










 片膝をついてそっと碑石に指を這わせれば、それは例えようもなく冷たかった。
 灰色の空は今にも泣き出しそうに重苦しく、湿気を含んだ風がざわりと草木を揺らして過ぎた。
「…どうしてでしょうね…」
 誰も聞く者のいない呟きは風に溶け、ジェイドは泣き笑いのような曖昧な表情を浮かべた。
 哀しい。言葉にすれば安っぽいが、これ以外に言葉が見つからない。
 哀しすぎて、いっそ涙も出ない。
「…おや」
 ざ、と土を踏む音に顔を上げる。
 ゆっくりと視線を上げていけば、そこには自分と同じように喪服に身を包んだルークとガイの姿があった。
「…来て下さったのですね」
「…ジェイド…その……」
「ルーク」
「…………」
 何か言葉をかけようとしたルークを、ガイは緩く首を振って制止する。
 じっと碑石を見つめるジェイドの横顔。
 余りにも普段と変わらない。
 その瞳の色でさえも。







  月日は確実に流れ、自分達と同じだけの日々を彼は共に過ごしてきたのだ。
  老いるばかりのその身を、疎んだ事もあるかも知れない。
  縮まらない歳の差を、嘆いた事もあるかも知れない。
  いつの日か置いていくのは自分の方だ、と、自然の摂理を恨んだ事も…或いは。







「……まさか…だよな…」
「ルーク!」
「いいんですよ。…そうですねェ…本当、まさかですよね…今更"障気障害"だなんて」
 "障気障害"。
 さも何でもない事のように呟いたジェイドに、ルークは再び何かを言いかけてやめた。
 今更。そう、今更だ。
 あの旅の最中ならいざ知らず、今となってはもう、すっかり障気は中和されているというのに。
「医師の見解と私の所見は一致しました。一旦障気に侵された内臓器官と取り除ききれなかった障気が時を経るにつれ…」
「…もう、いいよ。聞いても判んねェし…本当は話したくないんだろ?」
「……気付く機会は…恐らく、あったのだと思います」
「………」
「けれど、気付けなかった。情けない。本当に、どうしようもなく私は愚かです」
 変わらぬ声音は淡々と続き、何かを言うのも憚られたルークとガイは黙ってジェイドの言葉に耳を傾ける。
 こういう時、下手な慰めは逆効果だと知っている。
 誰かに話す事でどうにか昇華しようとしているのなら、それを聞くのは自分の役目だと二人は共に思っていた。
「そういう危惧は確かにありました。けれど、私は心の何処かでそれを信じてはいなかった、疑っていました。或いは…そう、希望でもあったのかも知れません。そうでなければ…いいと」







  一度は諦めかけた生命。
  けれど、犠牲の上に繋いだ希望。
  もう二度と途切れる事がないようにと、強く強く願った。







「…どうしてでしょう」
 ぽつり、とたった一つ落ちた言葉は途切れる。
 息を継ぐ間、言葉を組み立てる間。
 その合間を、音もなく降り出した細い雨が通り過ぎていく。
 雨は服を、髪を、全身をしっとりと濡らし、物言わぬ碑石の上をまるで涙のように伝い落ちた。
 ジェイドは黙して何も語らない。
「…ティア、笑ってたろ?」
 沈黙を破るようにルークが言う。
 小さく呟かれた言葉は雨と混じり、しっとりと静寂に染みて渡る。
「ジェイドの隣にいて、一緒に暮らして、たまに皆で集まって馬鹿騒ぎして……ティア…楽しそうに笑ってたろ」
「………」
「ジェイドと一緒にいる時のティアは、いつも楽しそうで、嬉しそうで、幸せそうで……その横にいられるジェイドが、本当はすげェ羨ましくてさ…知らなかっただろ?」
「……ええ、ちっとも」
「だからティアは…その……上手く言えねェけど…」
「…ルーク」
 曖昧に言い淀んだルークを再びガイが制する。
 ジェイドは相変わらず、碑石の前に座して何も語らない。
 少しずつ強さを増した雨が粒となって頬を伝い、けれどそれは涙には見えなかった。
「…旦那」
「……何です?」
「俺はルークみたいな慰めは言わないけど……そうだな、アンタといる時のティアは……掛け値なしに綺麗だったよ」
「……フフ。ガイ、それは慰めのつもりですか?」
「いや、個人的な感傷さ」
 ジェイドは言葉を返す代わりにそっと手を伸ばし、酷く愛おしいものに触れるようにゆっくりと碑石に指を這わせた。
 刻まれた名は正式なそれ。
 そうして思い出す。あの頃。あの笑顔を。
「……、…」
 ガイは静かに踵を返し、何も言わずにジェイドから遠ざかるように歩き出す。
 そんなガイの行動に何かを悟ったのか、ルークも二三度気遣わしげな視線をジェイドに向けると小走りでガイの背を追った。
 再び訪れた静寂に雨音が響く。
 冷えた指先は、もう殆ど感覚がなかった。










  「メシュティアリカ…」










 小さく落ちたジェイドの呟きは、誰にも聞かれる事なく雫と消えた。
















(Judicial Tact.....lost)


死にネタ、です。結局いつもの如く意味不明です; 本当はあんまりこういうの書かないんですけど…うーん…(何)
人の死というのは、きっとその場にしかない感情と共にあるのだと思います。どれだけ言葉を尽くしても、形として昇華出来ないからこそ哀しいのだと思うのですが……自分でもよく判らなくなってきた;