ハッピーエンドがお約束。
例えば、こんな物語。










 一歩屋敷の外に出れば、早朝の水の都の空気が冷やりと肌を撫でた。
 時刻はようやく陽が昇ろうかという頃。
 片手に小さなバスケットを下げ、ガイは足早に軍本部へと向かっていた。
 ヴァンを倒し、グランコクマに戻り屋敷を構えて後。
 色々なところで色々な思惑が錯綜する中、ピオニーとジェイドの格別の計らいもあってガイはそれなりに不自由ない生活を送っている。
 初めは戸惑いばかりが先に立っていたが、最近ではこの生活にも随分慣れた。
 そう、例えばブウサギの世話に一日を費やしたところで、もはやそれがガイにとっては普通の日々なのだ。
「さすがに朝は冷えるな…」
 言いながらわずかに歩調を早めれば、しんとした空気にコツコツと靴音が響く。
 海を渡り水を抜けて届く空気はその言葉通り冷たく、油断して普段より薄着で出て来てしまったことを今更ながら少し悔いた。
 下げているバスケットを逆の手に持ち替える。
 自分の手が冷えているのが何となくわかった。





「――――お。赤頭巾ちゃん発見」





 不意に横からかけられた声に、反射的に逃げようとした足を強引に止める。
 いちいち確認などせずともわかる声の主。
 諦め混じりに声のした方を見やれば、そこには自分より遥かに軽装のピオニーが立っていた。
「こんな時間にこんな所で何をやっているんだ? ガイラルディア」
「…その言葉、そっくりそのまま陛下にお返ししますよ」
「俺か? 俺はこいつらがどうしても散歩に出たいと言うから、仕方なくな」
 ちっとも"仕方なく"などとは思っていない風にピオニーは言う。
 ガイもそれをわかってか取り合わず、ピオニー曰く所の"こいつら"に目をやった。
 寒いのか何なのか、ピオニーの足元に擦り寄るようにしてブウサギが二匹。
 見間違い、あるいは記憶違いでなければ、
「…ネフリーとジェイド、ですか?」
「おお、正解だ。兄妹揃って美人だろう?」
「はあ……」
 毎日嫌というほど顔を突き合わせているのに、今更美人も何もあるものか。
 心の中でジェイドとネフリー(人間)に詫びを入れつつ、ガイはピオニーに気付かれないように少しだけ肩を竦めた。
 そんなガイの胸中を知るはずもなく、ジェイドとネフリーは相変わらずピオニーの足元に纏わりついている。
 可愛いかどうかは別として、確かに微笑ましいような気がしないでもない。
「……で、本題だ」
「本題?」
 相変わらずピオニーはマイペースに会話を運ぶ。
 けれどガイも慣れたのか諦めたのか、特に気にもせず小さく首を傾げた。
 わざわざ本題、というほどの話題があっただろうか。
「今から狼さんのところに行くのか、赤頭巾?」
「なっ…!」
「図星だろう?」
 妙に楽しそうにピオニーはそう言い、屈んでネフリーの背を撫でる。
「アイツは妙なところでものの限度を知らないからな…ま、精々気遣ってやれ」
「っ、陛下!」
「それとも、お前が可愛いジェイドの面倒を見てくれるんなら俺が代わりに可愛くないジェイドの世話に行ってもいいんだぞ?」
「そ…れは…」
「…………冗談だ。本気にしてくれるな」
 ネフリーの背から手を離して立ち上がり、本気なのか何なのかいまいち判断し難い表情でピオニーは言う。
 ガイは冗談抜きで頭を抱えたくなった。




 ここ数日というもの、ジェイドは異様なまでに多忙を極めていた。
 大方が諸々の雑務やら事後処理やらだと聞いてはいるが、実際にはそれもなかなか大変なのだと言っていたのは確かピオニーだった。
 ジェイドは有能だ。だからこそ、多彩な仕事が舞い込んでくる。
 そしてそれを更にそつなくこなしてしまうものだから、より一層。
 まるで堂々巡りのような構図にその時は苦笑で答えたものの、実際全く会わない――それどころか顔も見ない――日が続くとさすがに心配になってくる。
 旅の最中に気付いたことに、ジェイドは案外自己管理が出来ていない。
 他者のことには疎ましいほど聡いのに、自分のこととなるとどうしてあんなにも無頓着なのか。
「……」
「ジェイドのことが心配か?」
「……まァ…それは」
「ふむ…案外アイツも愛されてるんだな」
「は?」
「いや、独り言だ……ちなみにそのバスケットの中身は何だ? 狼さんへのお土産か?」
「……片手間に食べられそうな軽食と珈琲です。置いたらすぐに戻るつも、」
「赤頭巾の土産は葡萄酒と菓子だろうが」
「…はあ」
 正しいのか正しくないのかよくわからない知識を披露するピオニーに、今度こそガイは隠しようもなく溜息をつく。
 一体何処から訂正すればいいのかわからない。
 やっぱりバスケットは失敗だったか、などと、ガイは中途半端なところで後悔した。
「ま、それは冗談としても…早く行ってやれ、赤頭巾。きっと狼さんがお待ちかねだぞ」
「…陛下も、大臣達が騒ぎ出す前に戻って下さいよ」
「わかったわかった」
 本当にわかっているのかはなはだ疑問な声音で返すピオニーにもう一度これ見よがしな溜息をつき、ガイは再び目的地に足を向ける。
 これ以上何か言われる前に、と思えば自然と早足になり、それに合わせて片手に下げたバスケットが大きく揺れた。
















(a Hypothetical tale)


ぴ、ピオニーさんが出張ったらジェイドさん出てこなかった…上にありがちな話。
陛下は何でも知っている、という激しい誤解が見え隠れしています。赤頭巾とか言ってるのは私の趣味です(笑)