続いていく長い夜。 まどろむ街に、君と二人。 早々にお開きとなった宿の一室で、ルークは何度目か判らない寝返りを打った。 じっとしていてもじっとりと全身に汗が浮かび、目を閉じても一向に眠気は訪れない。 身体は確かに休息を求めているのに、眠れない夜は寧ろ疲労を増大させるだけだとルークは思った。 初めのうちは身体が冷えないようにと掛けていた布団はとうに蹴り飛ばし、ただただ寝台の上で寝返りばかりを繰り返せば次第に不快感ばかりが募っていく。 今夜は酷い熱帯夜だった。 「…暑い…」 先刻から努めて口にしないようにしていた言葉を零す。 言ってしまえばそれは紛れもない事実として認識され、最早寝返りすら億劫になってルークは枕を抱き込むようにして寝台に突っ伏した。 隣からはガイの規則正しい寝息。 正確な時間は判らないが恐らく既に夜半過ぎで、苦し紛れに目を閉じて耳を済ませても届く音は殆どない。 まるで時の止まったような夜。 こんな静寂は知らない。 こんな、一人取り残されたような静寂は。 ひたり、と素足を床につけルークは寝台から下りる。 なるべく音を立てないように木の床を踏みしめ、立て付けの悪い窓を慎重に、けれど力ずくで開ければぬるく湿った風が髪を揺らした。 窓枠に肘を置き頬杖をつく。 眼下の街は、こんな夜にもまどろんで見えた。 凝った静寂に思う。 誰か、誰か誰か誰か。 答えて。どうかこの声に、応えて。 「………歌…」 不意に耳に届いた音。 吹き付ける風に混じって、それは次第に明確な形を成してルークの元へ辿り着いた。 滑らかに伸びる、柔らかい声。 ルークは迷わず部屋を飛び出した。 廊下を走り階段を駆け、途中で一度転びそうになりながらも宿の入口を開け放つ。 先刻窓を開けた時と同じ空気を全身に浴び、じわりと滲んだ汗が急に冷えて僅かに身震いをした。 「……誰!」 ふと歌がやみ、代わりに鋭い声が飛んでくる。 刹那張り詰めた気配に苦笑を零し、ルークは裸足のまま一歩外へと踏み出した。 纏わりつくような湿った空気。 それでも晴れた空に星が綺麗だ。 「ティア」 「…ルーク?」 「眠れないのか?」 「……ええ…あなたも?」 「ガイはすやすや寝てたけどな」 名を呼べば気配は緩み、驚きを含んだ声が返ってきた。 壁を背に立っていたティアの隣に同じように立ち、ルークは両手を空に向け伸びをする。 ティアは視線を落とし、目を閉じた。 「眠らないと明日に響くわよ」 「それはティアだって同じだろ」 「…そうね。でも、目が冴えてしまって」 「俺も」 砂漠のうだるような暑さとは違い、熱帯夜はじりじりと不快感を募らせる。 風さえも暑気を孕み、頬を撫でたそれは一瞬汗を冷やしては燻るような熱を残して過ぎた。 ルークは目を細め、空を見る。 月はない。 「…歌」 「え?」 「譜歌、歌ってたろ?」 「……聴いていたの?」 「歌ってくれよ」 そっと手を伸べて、ティアの髪に触れる。 そのまま梳くようにして手を下ろし、その手が肩に触れた所でルークはティアを抱き寄せた。 ぽすん、と腕に収まる細い身体。 両腕で抱き込むようにすれば、触れた肌が微かに汗ばんでいるのが判った。 「る、ルーク…あの…」 「歌ってくれよ、ティア」 熱っぽい声でルークは囁く。 抱き締める腕が緩む気配はなく、ティアは行き場のない手でルークの夜着を握り締めた。 胸に耳を押し当てれば鼓動が聞こえる。 生きているのだと、言われた気がした。 「…暑いわ」 「どーせじっとしてても暑いんだから、もう少し」 「……ばか…」 「いいよ馬鹿でも。…ティア、歌って」 「……」 重ねて請うルークの声に、ティアは微かに吐息を零す。 あつい、と思う。 どうしようもなく、あつい。 「……ばか」 恨みがましくもう一度呟けばルークは何も言わずにティアの髪を撫でる。 せめて顔は見られまいと俯き、けれど続けて流れ出した歌声は風に乗って舞い上がった。 そんな眠れぬ夜のうた。 (A sultry night) 抱き締めるシーンっていうのは書いてて妙に照れます。キスシーンより照れます、何故か。 何かもうすみません、色々いっぱいいっぱいです; |