はらり、はらり。 はらはらり。 風がやんで、最後のひとひら。 広げた両手から舞い散った白花は静かに、何処までも広がる海へと。 緩く握り締めていた所為で団子状態になってしまっていたものの、一度風に煽られればそれはするりと解けるようにして散り散りになった。 太陽は天頂、雲は遥か彼方。 岬に立てば潮風と相俟ってやや冷たく感じるものの、頬を撫でる風は穏やかな春のそれ。 波間はきらきらと煌めき、寄せ返す波がつくる飛沫がまたそこに新たな波紋でもって光を集めた。 きらり、きらり。 きらきらり。 煌めきに埋もれ、白花は何処へ? 「何をしているんだ?」 「献花。」 問いかけに短く答えると、マオは傍らの花を一輪手に取り、花占いの要領で花びらを千切りだした。 両足を投げ出してペタンと座り込み、千切った花びらは落ちるに任せる。 服の上に落ちるもの、地面の上に落ちるもの。 また或いは、風に乗って飛んでいくもの。 一輪、また一輪。 千切られた花びらは両手に集められ、そして。 「さよならの代わりに、ネ」 万物は、望もうと望むまいといつの日か母なる海へ帰るという。 墓標に花を添えるのは残る者の感傷。 想うのなら祈るのなら、墓標ではなく、海へ。 過ぎた日にそう言っていたのは、ガジュマの才人だったかハーフの麗人だったか。 「どうしてだと、思う?」 また一輪を千切り終え、そこここに舞い散った花びらを一枚一枚集めながらマオはヴェイグに声をかける。 「どうして、ヒトは死を悼む時花を手向けるんだと思う?」 「……、」 ヴェイグは答えない。 マオは花びらを集める手を止めない。 時折吹く春風は僅かずつ白花を攫い、一度舞い上がれば今度は音もなく海へと帰っていく。 白花一輪。 千切ればそして、無数の花びら。 どうかどうか安らかに。 そして願わくはどうかどうか――――― … 「ボクはね、忘れたいからだと思う」 「…故人を、か?」 「そう。自分の中にあるその人との思い出とかその人への想いとかを、全部」 忘れたいんだよ、と。 そう言いながらマオは立ち上がり、一歩二歩と岬の先端へと近付いていく。 歩みに合わせて花びらも舞い上がり、先刻までのそれと同じようにして海へと消えていった。 「…お前は、誰に花を手向けているんだ?」 「………」 「マオ!」 「…忘れたいんだよ。全部全部、何事もなかったかのように、全部」 「……っ…!」 背を向けたままのマオにただならぬものを感じ、ヴェイグはマオに駆け寄ってその肩を掴もうと手を伸ばす。 けれどその手が届くより一瞬早く、白花がマオの両手から離れ宙に舞った。 刹那に視界を白く染めたそれは、 過ぎた日に誰かと見た雪によく似ていて。 伸ばした手は空を掻いた。 そこにいるはずの少年の姿はいつの間にか岬の先端にあり、今にも落ちそうな危ういバランスでマオは立っている。 半歩でも後退れば間違いなく海へ落ちるであろうその場所。 そこで、不似合いなほど穏やかな表情でマオは立っている。 海に背を向けて、けれどヴェイグの方を見るでもなく。 不自然に揺れるマオの視線を暫し追って、ヴェイグは躊躇いがちに一歩マオの方へ歩を進めた。 まるで雪のような錯覚を覚えた花びらはもうその殆どが波間に消えた。 たったひとひら、まるで海へ手向けられる事を拒むかのように宙を漂う以外は。 「さよならの代わりに、どうしても海に手向けたかったんだ」 「…、……」 「こんな風に散り散りになって、どうせなら何も残らなければいい」 淡々と、酷く淡々と話すマオにヴェイグはもう一歩歩み寄る。 手を伸ばしても届かない。 声は届くのに、想いも、願いも、きっと届かない。そんな距離。 駆け寄る事は多分簡単で、引き寄せて抱きとめる事だってきっと容易い。 恐らく、未だ漂い続けるひとひらを掴んで握り潰す事だって、容易い。 どうせならいっそ心中してしまおうか。 駆け寄って、引き寄せる代わりに抱き締めてあとは落ちるに任せれば、それで。 (……俺は何を…) 否定を思い描きながらも、もしかしたらマオはそれを望んでいるのではないかとも思う。 献花、と言った。 忘れたい、と言った。 一体誰へ? 一体、誰を? 「ヴェイグ」 マオの声にふと顔を上げる。 直視したその表情は初めて会った時から変わらぬ笑み。 ヴェイグは何か言おうとして結局口ごもる。 一瞬でも“心中”などと考えた事を、何故だかその時酷く後悔した。 「もういいんだよ。手向けは終わったから…だから……」 …だから……もう忘れてよ… まるでスローモーションのように。 マオの身体が後ろへ、何もない虚空へと傾いで――――― ―――――刹那、風がやんだ。 (葬送雪花) シリアスで切なくてバッドエンドなヴェイマオ。 多分、私はシリアスも切なさもバッドエンドも意味を履き違えているのだと思います(…) |