白い花。
白い想い。
染め変えて欲しいと思うのは、我侭ですか?










「出会わなければよかった、って思うよ」
 暗闇に一つ落ちた言葉はやがて、広がり行く波紋となって静寂を揺らした。
 夜半を過ぎた室内は互いの顔も見えないほどの闇に凝り、そんな中手探りで灯りをつけようとしていたヴェイグの手は先刻のマオの言葉で宙を掻いた。
「いきなりどうした?」
 動揺を押し殺して問い返す。
 冷静を装った声は驚くほど冷たく響き、それでも隠し切れぬ感情をありありと滲ませていた。
「マオ…聞いているのか?」
「……ヴェイグは、」
 そこまで言ってマオは不自然に言葉を切った。
 沈黙、静寂、そして暗闇。
 さしたる広さではない室内ながら、何故だかヴェイグはマオの気配を掴みきれなかった。
 深く吐き出した呼気は凝る闇に融けて消える。





「だって、ヴェイグはボクの事好きじゃないから」





 ふ、と刹那浮かび上がった気配はすぐにまた闇に隠れた。
 少しずつ暗闇に慣れてきた目は、室内の調度品などを曖昧な輪郭でもって映し出す。
 ヴェイグはマオのいるであろう辺りを注視する。
 相変わらず、その姿は見えない。
「……どういう意味だ?」
「そのまんまの意味なんだけど…でも、判らないんなら、いい」
「っ…何が…!」
 ヴェイグは思わず声を荒らげる。
「気付いてた? ボクの"好き"とヴェイグの"好き"は、決定的に違うんだよ」
「そんな事は…」
「だから、ヴェイグは気付いてないんだよ。気付いてないから…判らないんだ」
「…どういう意味だ?」
 気配のする方に向かって問いを投げる。
 姿が見えない、というのはこんなにも不安を掻きたてるものだっただろうか。
「…判らないんなら、いい」
「マオ!」
「“好き”だよ、ヴェイグ」
 まるで戯曲の台詞のようにマオはそう言い、普段からは考えられないほど低い声で小さく笑った。





  “好き”、と言った。
  過ぎた日に、共にあった日に、"好き"と伝えた。
  その気持ちは嘘じゃないのに。





「…どういう、意味だ?」
 重ねて問えばマオはまた一つ笑みを零す。
 ぴんと張り詰めた空気を震わせ、けれど相変わらずその姿は捉えられなかった。
 転じて嘘のような静寂。
 そこでは自分の呼吸音さえ耳についた。
「ヴェイグ」
「何だ?」
「白い花は好き?」
「…マオ?」
「ボクは、嫌いだよ」
 そんな言葉に続いて、がちゃん、と高い音。
 花瓶か何かを落としたのであろうその音に、ヴェイグは再び明かりを灯すべく手を伸ばした。
 ささやかな違和感。
 それっきり聞こえない物音。
 相変わらず、掴めない気配。
 漸く手の触れたランプを灯す。
「……マオ?」
 ドアの前に割れた花瓶。
 活けられていたのであろう白花は方々に飛び散り、中にはしおれかけているものもあった。
 乾いた絨毯に点々と落ちる花びら。
 ヴェイグは状態を屈め、その一片を手に取った。





  名もなき白い花。
  今まさにその生命を終えようとしているのなら、ただ安らかにと心から願う。
  人は人に花を手向ける。
  それならば、花へは何を手向ければいいのか。





「…判らない」
 呟いて、ヴェイグは手の中の花びらを握り潰す。
 思いつめるほどの何かがあるなら言えばいい。
 いつだって、そう思うだけで伝えられやしないのだけれど。
 次に顔を合わせた時にはきっとマオは笑っている。
 いつも通り、普段通り、笑っているに違いないのだ。
「……マオ…」
 そう広くはない室内をぐるりと見渡す。
 自分以外の姿は何処にもなかった。
















(STACCATO)


多分に言葉っ足らずな上にマイワールド全開。書いてる私にもよく判らないのですが、書きたい事は書けたと思ってます。
死にネタではありません。…とはいえ、その辺りは読み手に委ねるべき所なのかも知れませんが、一応(苦笑)