残すところ十数ページの読みかけの本を、栞を挟まずに放り投げた。飽きたからでも満足したからでもなく、ただそうするべきだと思ったからそうした。きっともう続きは読まない。本棚には、そうして放り出された本がたくさん並んでいる。
「お前、その、作者に石投げるみたいな癖どうにかならねェの?」
「さァ…ならないんじゃない?」
「……」
 俺の気のない返事をさらりと無視して、男は無残に打ち捨てられた本を拾い上げた。興味のかけらもないような顔をして、ぱらぱらとページをめくっていく。
「…推理小説、か?」
「そうそう。読むなら貸すけど?」
「いらん。つーか、推理小説の結末前で投げ出すたァどういう神経だよ、お前」
 言いながらあいつは俺のほうへ本を投げてよこし、俺は黙ってそれをキャッチした。面白かったとも面白くなかったとも言いがたい小説だった、などと思いつつ、適当なページを開いて斜めに読んでみる。ちょうど二人目の被害者が出たところで、探偵役である主人公が関係者に話を聞こうという場面だった。
「フェアじゃないんだよ、この本」
「…なんで」
「探偵役の主人公の一人称で書いてあるのに、犯人は主人公なの」
「…最後までちゃんと読んだのか?」
「知ってるから読まないんだよ」
 驚きの結末、といえば確かにとんでもない驚きだけれど、見方を変えれば、これはとんでもなく大胆なミスリードの手法だ。主人公の一人称で書かれる小説は、いやおうなしに読み手は主人公に感情移入してしまうもので、そこから得られる情報で真犯人を探すのはきっとほとんど不可能な命題だと思う。それを面白いと思うならそれでもいい。俺は決して好きにはなれないけれど。
「思い込みの怖さに気づかされた。絶対的な安全圏にあると思っていたものが、本当は一番危険なものだったっていう、それは驚きなんかじゃなくて恐怖だよ」
「裏切られたとでも思ったか?」
「そんなトコ。だって怖いだろ? お前だって、いつか俺に刺されるかもしれないよ?」
「…お前がそうしたいならそれでもいいが、そうして結局苦しむのはお前だろうが」
「……そういうとこムカつく、お前」
 わかってる。こいつの言うことは正しく冷静だ。読みかけの本を途中で投げ出すことだって、夢から醒めることを厭うことと何も変わらない。終わりのない虚構を抱き続けていたいと願った。けれど、それは叶うべくもないことだ。
「避けられる終わりなら、避けたっていいだろ」
「悪いなんて言ってねェよ。選ぶのはお前だ」
「お前は…どこに行くの?」
「ここにいる」
 何でもないことのようにそう言って、あいつは俺の顔を見た。
 あとで読みかけの本を全部読もうと思った。






(十字路に立つ)
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