離れていても、傍にいても。
変わらぬ君を、
変わらず想うよ。










 夏はいつしか駆け足で過ぎ去った。
 手を握っても抱き締めても常に付き纏っていた不快感はいつしか薄れ、季節が秋へ向かうほどに触れ合ったぬくもりが心地よく思えるようになっていった。
 薄いレースのカーテンが翻る。
 前見た時と模様が違う、とカジカは思った。
「何を見ているの?」
 正面から声をかけられ、視線をそちらへやる。
 向かいのソファに座ったかごめと、間に置かれたローテーブルにはカップが二つ。
 思い出したようにそれを手に取り口をつければ、注がれた紅茶は少し冷めていた。
「カーテンがね、」
 違うな、って。
 包むようにカップを両手で持ち、微笑んでそうカジカは言う。
 室内を見た感じ、変わっているのはカーテンだけではない。
 ソファの配置も棚の配置も、置かれている観葉植物の種類も多分、違う。
 カップを置いて指折り数え上げ、一通り室内を見渡したあとカジカは改めてかごめを見た。
「…驚いた」
「…かごめちゃん?」
「だってまさか、」
 憶えてるなんて、思わなくて。
 そう言ったかごめは室内を見渡しながら同じように指を折り、その仕草は丁度カジカがしたのと同じだけで終わった。
 ソファの配置、棚の配置。観葉植物も、カーテンの模様までも。
 どれもこれもカジカがここを去ってから変えた。
 もう、どれぐらい前になるだろうか。
 珍しく瞠目しているかごめをじっと見つめ、カジカは柔らかく微笑んだ。
「ずっと想ってたから。早く、君に会いたくて」
 旅の最中、幾度となく思い返していた。
 彼女にまつわる全て。それならどんな瑣末な事でも、忘れてしまいたくはなかった。
 声が聴きたい。
 その手に触れたい。
 抱き締めて、髪を撫でて、触れるだけでいいから、キスがしたかった。
 手を繋ぐのも頭を撫でられるのも、抱き締められるのも好きだと言った。
 そのはにかんだような小さな微笑みを思い出す時、いつだって背景はこの部屋だったのだ。
 何度となく瞼の裏に描いた映像。
 それとの差異を数え上げるなど容易い事だとでも言いたげに、それでもカジカは何を言う事もなく黙ってカップをソーサーへと戻した。
 かちゃん、と陶器の触れ合う音。
 それ以外はとても静かだ。
「…そういう言い方、ずるいわ」
「どうして?」
「私ばかり想われてるみたいで」
 大きな漆黒の瞳を僅かに伏せ、やや不機嫌を滲ませた声でかごめが呟く。
 両手を軽く胸の前で組み合わせ、そのまま顔を俯かせれば柔らかい黒髪がさらりと流れた。
 ふわり、と再びカーテンが舞う。
 カジカは何も言わなかった。









  とてもとても、想われているって知っている。
  けれど、どうすれば自分が同じだけ彼を想っていると伝えられるかを、知らないだけ。









「かごめちゃんはそのままでいいよ」
 いつもと変わらぬ調子の声に、つられるように顔を上げる。
 ふ、と投げた視線の先、柔らかく見つめてくるカジカの瞳とかち合った。
 そのまま、しばし。
 かごめも少しだけ微笑む。
 何となく判った。きっとこの人は、ちゃんと全部知っている。









  忘れたくなかったのは自分も同じ。
  名を呼ぶ声も、繋いだ手のぬくもりも、瞼を閉じれば思い出せるくらい深く染み渡ってる。
  数えるほどしかしていない触れるだけのキスも、本当はいつも離れてしまうのが惜しいと思うくらいに求めている。
  ただ唯一、それを伝える術を知らないだけ。









「…カジカさん…」
「判ってるよ」
 判ってるから、と。
 それ以上の言葉を奪うようにカジカは言う。
 判ってる。ちゃんと、想ってくれているって知っている。










「僕はそのままのかごめちゃんが好きだから、君もそのまま僕を好きでいて」










 ぎし、と小さく音を立ててカジカがソファから立ち上がる。
 そのままかごめの側まで回りこみ、ソファに片膝をついてそっとかごめの頬に手を伸ばした。





「…ね?」

 好きでいて。





「…うん…」

 好きでいるよ。








 うっすらと頬を染めてかごめが頷けば、ぱっと一際明るく笑ったカジカがその額に唇を落とす。
 逆の手をそっと背に回し、抱き寄せる。
 互いに、互いの心音の速さに少し笑った。
「凄いどきどきした」
「私も。……でも、」
 嬉しかった、と。
 本当に幸せそうに呟いたかごめはそっとカジカの頬にキスをした。
















(“My Only” ......06.魔法使いにだってなれる)


いっそ清々しいほどの意味不明さに乾杯(いらん) この二人は普通に幸せ話が書けるので心の潤いです。大好きvv
取り敢えず、カジカさんはかごめちゃんの魔法使いさんなのですよ。