想いは続き、廻っていく。
誰でもない、君の為に。










 両手に抱えた本を棚に戻しながらミシェルはゆっくりと書架の間を歩く。
 所々で目に付いた並びの間違った本を抜き、何冊かを収まるべき本を収まるべき場所に戻した所で何処からか派手に咳込む声が聞こえた。
「あれは…」
 広い館内といえど静寂に落ちた音は響く。
 例えばそれが、高い本棚に遮られた空間であっても。
「風邪でも引いたのかな…」
 小さく独り言ちながらも淡々と本を棚に戻していく。
 ふと見れば、とある著名な作家の全集の途中の巻が一冊抜けている。
 こんな奥まったコーナーにまで足を踏み入れ、更に本を手に取るのは一体どんな人だろう。
 思わずそんならしくない事を考えた自分に、ミシェルは小さく笑った。
 そうこうしているうちに両手が空になった所で、抜けた全集の次の巻を持ってカウンタへ戻る。
 挟んだままの栞は、以前この本を読んだ人の忘れものだろうか。
「え…と、確かこの辺に…」
 カウンタの内側に入り、その脇に造りつけになっている引き出しの中をガサガサと漁る。
 中にはペンやら何やらが雑多に放り込まれており、中にはいつ入れたのか定かでないような古い鉛筆なども入っていた。
 どれもこれもまだ使えるのだから、捨ててしまうのは勿体ない。
 それでも、流石にこれは片付けないとまずいだろうなとミシェルは思った。
「あ、そういえば…」
 思い直して今度は自分の鞄の中を漁る。
 元々ミシェルは多くの物を持ち歩くのがあまり好きではない。
 普段から持ち歩いているトートバックの中にも精々、財布と手帳と文庫本が入っている程度だ。
「…あ、あったあった」
 バッグの内側のポケットから無事目的のものを見つけ出したミシェルは微笑む。
 中身を確かめるように一度振れば、カランと小さな音がした。
「よかった」
 小さく呟いて手の中のものをカウンタに置き、代わりに先刻の全集を手に取る。
 長く読まれる事がなかったのであろう厚い本からは、古い本特有の匂いがした。
 ミシェルはいとおしむように表紙に躍るタイトル文字をなぞる。
 今はもうこの世にいない作家。けれどその思いは、形を変えて今もこうして生き続けている。





  望まずとも続く、強い強い思い。
  たとえ目の前にいなくとも判る。
  それはとても素敵な事。





「…ふふ」
 思わず、といった風にミシェルは笑みを零し、挟まれたままの栞の所で本を開いた。
 ゆっくりと字列を目で追えばそれは物語の途中で、きっと以前この本を読んだ人はこのシーンが好きだったのだろうなと思いを馳せる。
 それは再会の場面。
 何を言うでも感涙に咽ぶでもなくただ、笑みを交し、手を取り合う二人。
 きっとこのあとは互いに支え合いながら生きていくのだろう、と思う。
 二人ならきっと、どんな苦難も乗り越えられるのだ。
 そこまで読んで、更に続きを読み進めようとした所でふっと手元に影が落ちる。
 思いのほか没頭してしまった自分を心の中で叱責し、ミシェルは顔をあげると目の前に立つ人物に目をやった。
「あ、」
 ああ、何てタイミングがいいのだろう。
 顔を上げれば、そこに立っていたのはナカジ。
 驚いた事に、その手には先刻の抜けた全集を持っていた。
「ミシェルさん、その…この本の次の巻はありますか?」
 その言葉から、恐らくミシェルと入れ違いに棚を見に行ったのであろう事が窺える。
 ミシェルは一瞬膝の上の本に目を落とし、それをぱたんと閉じる。
 相変わらず栞は挟まれたままだ。
「…ナカジ君、手を出して」
 ミシェルがそう言えば、ナカジは素直に片手を差し出す。
 その手の上で、ミシェルはカウンタから取り上げたドロップの缶を振る。
 ころん、と転がり出てきたのはストロベリーと思しき赤い飴。
 ナカジは微かに瞠目した。
「…ミ、ミシェルさん…?」
「無理は駄目だよ? …お大事に」
 膝の上から取り上げた全集を差し出しながらミシェルは笑う。
 ナカジは先刻差し出したのとは逆の手でそれを受け取り、言葉を返す代わりに一つ、派手に咳込んだ。
















(Recollection Sounds)


傍目からはそうは見えないけれど実はラブラブなナカミ。…ら、ラブラブ?(ぇ)
咳だけでナカジ君だと判ってしまうミシェルさんは取り敢えずナカジ君が大好きなんです(…)