あの人の優しさは残酷だ。
 あの人の優しさは、他のどんなものよりも、的確に、深く、私を傷つける。
 あの人のくれる言葉は、いつだって私の一番欲しいものに近い形をしていた。その優しさに甘えてばかりの私を、あの人はいつだって、残酷なまでの優しさと完璧な距離をもって許した。許容とは違う。あの人はただ、拒絶しないことによって私を許した。
 あの人に許されるようになって、私は弱くなった。そうして弱くなった私に、あの人はまた変わらぬ優しさを向ける。私は弱くなっていく。少しずつ、けれど、着実に。
 拒絶されることが怖くなる。いつか必ず別離のときは来るけれど、それよりも早く、あの人に許されることが望めなくなるとしたら、私は、きっと今の私のままではいられない。それでも、私からあの人の優しさを突き放すようなことはきっとできない。あの人は笑ってそれさえも許すだろうけれど、その許しがまた、絶望にも似た幸福でもって私を傷つけ、弱くする。
(けれど本当は、私は拒絶されることを求めているのかも知れない、と思った。)(あの人の優しさは、緩やかに私を壊していく気がした。)
 あの人の優しさは残酷だ。
 望んでも拒んでも、あの人はきっと私を許す。
 私はきっとあの人が好きで、けれどそれは絶対に叶うべくもない想いで、それ以上に、私自身がその成就を望んでいないと知っている。せめて、今このときが少しでも長く続いてくれれば、それでいい。(それだけでいい、本当に叶うのならば。)
 たとえば、微かに触れた手があたたかいことだとか、あの人の声が私の名を呼ぶことだとか。そんな些細なことが、叶うのなら永久不変であればいいと願った。ありえない、と、知っているから望めた。私があの人の傍らにいる未来を、私は正しく思い描くことができない。
 明確でない終わりのときが、それでもいつか、必ず訪れるとわかっているから私はあの人の優しさに縋った。まばたきの一瞬でも、(ほかのどんなものよりも恐ろしく耐え難い、)永遠をも願ってしまえるような、あの人の残酷なまでの優しさに縋った。私は弱くなっていく。(どうせなら壊して欲しいとさえ望みながら、)(そんなことはありえないと知りながら、)
 あの人の優しさは、残酷だ。
 この茫洋とした幸福の中に、あの人は私を一人のこしていく。
 別離のときは必ず訪れる。ただその訪れがひとときでも遠いことを祈り、そして、そのときが何よりも穏やかであることを願った。
 (訪れた別離のときでさえあの人は優しいだろうか。)(ああ、)

 (あの人は、優しいだろう、か、?)






(447.スイートスイートソロウ)
sorrow of the gentleness
(2009/09/28〜2011/01/03)



オリジナル、と、胸を張りたい(願望)
優しさは優しさでしかなくて、それがどんな痛みをもたらしたとしても、それを拒むことは優しさを拒むこと。
また、それを求めることは痛みをも求めること。
悪循環とは言い切れない妙な循環。そういう話。