嘘をつきました。 けれど、あの人はそれを笑って許しました。 大きな手で私の頭をそっと撫でて、何も言わずに頷いたのです。 ―――――だけど、私は知っています。 あの人は、私の事を許してなどいないのだと。 私が望んでいるものをあの人はちゃんと知っていたのです。 だから、それとは対極にあるもの――すなわちこの場合は許し――を与えたのです。 私が欲しかったもの、それは目に見える明確な罵りだとか蔑みだとか、そういった負の感情でした。 中途半端な同情は、静やかに緩やかに、傷を抉っては消えていく事を知っていたからです。 優しい人は皆、同情やいたわりをくれました。 優しい人は皆、ただ只管に優しかったのです。 (それを厭う事が、何故出来ましょう。 あの人は別として、それらは全てただの優しさであったというのに) 私は何も言いませんでした。 その代わり、涙を堪える事もしませんでした。 それはどうやらあの人のお気に召したらしく、その時だけは本当に、何の感情も籠もらない手で頭を撫でてくれました。 その時だけです。 あの人が、私に対して虚構の許し以外を寄越したのは。 今となってはもうあの人の真意など知りようもないのですが、結局、私はあの人に許されても蔑まれてもいないという事だけは、多分明確な事実なのです。 (傷を抉られるよりもあの時は痛いと思ったのです。 けれど傷はいつしか消えてしまって、あの人の言葉も、最早断片的にしか残っていません。 思えばそれがあの人なりの優しさだったのかも知れません。 もっとも、どれもこれももう、終わってしまった話ではあるのですが) 私は何も言いませんでした。 何かを言えば壊れてしまう、終わってしまう事を知っていたのです。 やがて来るべきその時があるとはいえ、悪戯にそれを引き寄せる真似をするつもりもありませんでした。 私は失いたくなかったのです。 あの人の、優しい大きな掌を。 (真綿で首を絞めるようにあの人は言ったのです。 『あなたを許します。誰が何と言おうと、あなたを許します』) 私は何も言いませんでした。 あの人はとても綺麗に笑って、大きな手で頭を撫でてくれました。 あの優しい、残酷な人は。 (006.言葉にするのが怖くて) TOAのジェイアニのイメージ。 どうとでも解釈出来るように書いたつもりですが、そうすると今度は何やら意味が判らなくなるとか、そういう本末転倒。何となく矛盾した文章になってしまったのが残念。 |