闇夜に舞い、月夜に踊る。 隣り合わせは夜光蝶。 ひらりひらりと、今宵はどちら? 珍しくない事とはいえ、野営の時の見張りとは往々にして退屈なものだ。 真っ暗な時間を黙々と、適度に神経を張り詰めて過ごす。 何かあっては困るのだが、どうせなら何かあって欲しい。 そんな矛盾した事を考えてしまうのも退屈だからだ。 ごろりと草の上に寝そべって、上弦の月を見ながらガイはそんな事を考えていた。 この辺りはまだ気候が温暖だからマシだ、とか。 次の目的地までは後どれぐらいだろうか、とか。 薬の類はともかく次の街ではそろそろ食料を補充しないといけないだろうな、とか。 明滅のように浮かんでは消える思考を一つ一つ潰し、目を閉じれば風の音がした。 何処に続くのだろうか。 この道、この旅の行く末は、一体。 日々が過ぎる毎に事態は混迷を深め、様々な人が様々な思惑で動いているのだと知った。 皆、己の信念を貫こうとしている。 その為には他者が邪魔なだけ。 だからといって、道を譲るわけにいかないのは此方とて同じ。 だからこそ思う。強い、強い人達。 「ま、どうあっても負けられねェがな」 目を開けて、身体を起こす。 視界の端に捉えた、月は雲に隠れかかっていた。 「そうだろ、大佐殿?」 「…ばれていましたか」 振り返らずに言えば案の定声が返る。 がさ、と草を踏む音と共に近付く気配。 「気配消してもいなかったくせに白々しい…一応軍人だろ? アンタ」 「ふむ…そう言われては立つ瀬がないですね。次からは精々、背後から奇襲をかける事にしますよ」 「……それはやめてくれ」 他愛ない会話をしながら、ジェイドもガイの隣に腰を下ろす。 ふわり、と慣れた香りが鼻腔をくすぐる。 切れ長の赤い瞳は空を見て、足元を見て、そして閉じられた。 「考え込んでいましたね」 「あ? あァ…ま、ちょっとな」 「そうですか」 ふ、と口元を緩めジェイドが微かに笑う。 たったそれだけの事で簡単に弾む鼓動を、ガイは心の中で叱責した。 見透かされている気がする。 きっと気のせいじゃない。 「…考え事でもしなけりゃやってらんねェだろ、見張りなんて」 言い訳じみた言葉を投げて、ガイも空を仰ぐ。 「それに…余りにも色んな事がありすぎた」 生。 死。 思い。 祈り。 願い。 信念。 多くを見てきた。 多くを奪ってきた。 そしてそれは、まだ続いていく。 「結局感傷に過ぎないんだよな…所詮はさ」 「そういうものでしょう。人は他の犠牲の上に生きている…違いますか?」 「…そりゃそうだけど…そういうのとは違うだろ?」 「違いません。違うと思うのならそれは…あなたの心の問題です。あなたは優しいですから」 「…は…?」 ジェイドの言葉に、ガイは意味が判らない、と首を傾げる。 問うように向けた視線は見事にかち合い、笑みを含んだ鮮烈な赤に僅かに息を呑んだ。 しまった、と思った時にはもう遅い。 蜘蛛の巣にかかった蝶はこんな気分なのだろうか。 夜が似合う、と直感的に思った。 底知れない思考。 計り知れない笑み。 射るような瞳。 低く通る声。 むしろ夜そのものだ、とガイは思い直した。 「…今度は何を考えているんです?」 「アンタの事を」 間髪入れず返る答えに、ジェイドは期せずして僅かに瞠目した。 気取られない程度、けれどそれとなく判るよう。 珍しく表に出た感情に、それを敏感に感じ取ったガイは小さく笑った。 「続いていくなら受け止めるさ。負けるわけにはいかないんでね」 アンタだってそうだろう? と。 言外に問いかけてくるガイにジェイドは吐息のような笑みを零す。 つくづく驚かされる。このひたむきな生き様に。 同時に、見届けたいと思う。 そして出来るなら、共に歩みたいと、さえ。 負けられないと言うのなら力を貸そう。 掴み取った未来にも共にいられるのならば。 「やれやれ…これは私も、本腰入れて戦わなければならないようですね」 「頼りにしてるぜ、旦那」 「えェ、愛しの妻の頼みとあらば」 「………誰が妻かっ!」 数瞬後、うっすらと頬を染めてガイが叫ぶ。 その声に驚いたのか、遥か頭上で鳥が声高く鳴いた。 ジェイドはいつも通りの笑みを湛えたままガイを見ている。 夜明けはこんなものだろうか、と思う。 夜のような人。 「…何考えてんだかさっぱり判んねェ」 「心外ですね。私はいつもあなたの事を、」 「はいはいはいはい判った判ったから黙れ頼むから」 ふいと顔を逸らせば手を掴まれる。 反射的に睨もうとすれば頭を撫でられる。 かと思えば、何の未練もないかのように両手を離してみせる。 底知れない、計り知れない。 それでも、拒み方を、知らない。 「…お前な、」 「少し黙って」 直後に唇に柔らかい感触。 あァ、キスされたのか、と。 妙に冷静に考えられる自分に少し驚いた。 夜のような人。 そしてまだ続いていく。 (暗夜蝶々) 初ジェイガイ。この二人の会話が何故か堅苦しくなるのはきっとただの力量不足です(ぇ) 何となく緊張感があるようなないような。でもちゃんと両想いとか、そういう(…) |