くるくると続く、廻っていく。
お願いだから、離さないで。










 怒涛の一日もようやく暮れ、ガイは未だ背に張り付いているジェイドを無理矢理引き剥がした。
「離れろ」
「それは難しい相談ですねェ」
「…このオッサンは…」
 言い終わる前に再び伸びてきたジェイドの手を容赦なく叩き落とす。
 疲れきった様子でその場に座り込めば、その背にもたれるような形でジェイドも同じように腰を下ろした。
 遠くからは仲間達の声が時折届き、歓談に興じているのであろうそれは明るい。
 凪いだように風のない夕刻。
「…ったく…」
 苦々しげに呟けば、ジェイドが笑った気配が合わせた背から伝わる。
 腹いせ、とばかりに体重を乗せてもたれかかれば、ジェイドはそれに押されるようにして上体を前へ折った。



 ジェイドの様子は朝からおかしかった。
 何故かは判らないが片時も離れずガイの傍に陣取り、何くれとなくちょっかいをかけていたのだ。
 朝は起こしに来たかと思えば“おはようのキス”とかほざくし、昼は悪路にバランスを崩した所を抱き留めるだけでは飽き足らずそのまま所謂“お姫様抱っこ”をしようとした。
 それ以外にも何かにつけて声をかけてくるし、触れようとする。
 勿論それらは全て冗談めかされていたものの、ガイは余りにらしくないジェイドの行動に疑問を抱かずにはいられなかった。
「あなたは相変わらず体温が高いですねェ」
「…アンタのが低いんだよ…」
「寒い夜に抱いて眠るのにはぴったりです」
「……もう頼むから黙ってくれ…」
 口を開けばいつも以上に何を言うか判らないジェイド。
 “檸檬”と要求してキルマフルーツが飛んでくるなどと、一体誰が想像しただろう。ちなみに夕食時の出来事である。
 ふ、とガイは背に乗せていた力を緩める。
 そのまま姿勢を正すように座り直せば、離れた背に触れる夜気が妙に冷たかった。
「寒いです」
「え、わ、おもっ重い重い重い!」
 寒いなどとは全く思っていなさそうな口調でジェイドは言い、先刻ガイがしていたように背に体重を預ける。
「おいジェイド!」
「すみません。…少しだけ」
 僅かにトーンの落ちた声に、ガイは思わず言い留まる。
 立てた膝の上に両腕を置いて重さを支え、目を閉じれば相変わらず夜は静かだ。
「らしくないぜ旦那。…どうしたんだよ?」
 合わせた背に不自然に体重をかけてくるジェイドに問いかける。
 思い返すまでもなく今日の彼の振る舞いはおかしすぎた。
 必要以上に触れ、話し、笑い、そして戸惑う。
 気付いていないのだろうか。
「…そんな事ありませんよ」
「アンタがそう言う時は大抵嘘なんだよな……なァジェイド、」
 一呼吸。
 そして、



「一体、何に怯えてるんだ?」



 背を離し、代わりに背後から包むように腕を回しながら問う。
 肩口に顔を寄せれば随分薄くなってはいるが彼の好む香が鼻先をよぎり、伝わってくる鼓動は妙にゆっくりだった。
「…そんな事は、」
「ないって言うのか? それこそ嘘だ」
 断言を残して、ガイはジェイドをきつく抱き締める。
 さら、と長髪が身じろぐようにして揺れる。
 ジェイドはガイの腕にそっと手をかけ、引き離す為でなく軽く掴んだ。
 ガイは何も言わない。
「…怯え…なのでしょうか。…そうかも知れませんね」
 ガイに向けてか、或いは己に向けてか。
 明確な行き先なく落とされた言葉は曖昧に響き、ジェイドはガイの腕を掴む手に僅かに力を籠めた。
「あなたがインゴベルト陛下に剣を向けそれを収めた時…そう、無理をしているのではないかと思ったんです。様々な感情と重圧、あの時あなたに向けられたものは、余りにも膨大でした」
 平和条約の締結。
 両国の王や側近、またそれに連なる者たちが集う場で垣間見えた感情。
 一度灯った火はじりじりと燻り続ける。
 ならばそれを自ら内に収めた、彼は?
「…浅ましい、ものですね」
 溜息に乗せてジェイドは言う。
「あなたの手が離れてしまう事に、私はどうしようもなく怯えている」
 言葉と同時にガイの腕をきつくきつく握り締める。
 その痛みにか己を拘束する腕が緩めば、ジェイドはくるりと身を翻して向き合う形で今度はガイを抱き締めた。
 それでもガイは何も言わない。
 鼓動は、弾むように速い。







  本当はあの場で殺されたって構わなかった。
  それで君を失わずに済むのなら。
  …なんて、そんな事絶対に言わないけれど。







「…俺は…」
 ぽつりとガイが言葉を零し、ジェイドの腕の中で身じろぎをする。
 抱き込まれた両手を強引に引っ張り出して背に回し、顔を見られないように、とばかりに額を軍服の肩に押し付けた。
 ほんの少し、ジェイドの腕の力が緩む。
 反比例するかのように、ガイはその腕に力を籠めた。
「簡単に手放せるような奴にこんな事させないし…しない。アンタが…ジェイドが怯えてるって言うんなら俺だって同じだ。…同じなんだよ」
「……」
「あれは俺なりのけじめだ。どう思われようと関係ない。だから…アンタが気に病む事はないんだよ」
「…気に病んでいるわけではありませんよ」
「言ったろ? 同じなんだ…アンタも俺も、自分の所為でこの手が離れてしまう事に怯えている」







  罪悪感と罪悪感。
  螺旋のように続く果てない廻り。
  折り重なり積み上がったそれが、やがてこの手を奪ってしまうのではないかと。







「…あなたはそうやって…強いからこそ心配なんです」
「ジェイド?」
「だってそうでしょう? 私にだって一応、年長者としてのプライドがありますからね」
「…何だよそれ」
 少し不満を滲ませた声でガイは言う。
 くぐもったそれはけれど何処か呆れを含み、それに気付いてかは定かでないがジェイドはより一層力を籠めてガイを抱き込んだ。
「全く不器用ですねェ…」
「お互いにな」
「でも、たまには黙って心配されて下さいよ」
 冗談めかして言いながら、ジェイドはガイの背をぽんぽんと叩く。
 まるで幼子をあやすかのようなそれに、ガイは微かに身を震わせて笑った。
















(torsion balance)


ジェ、ジェイガイジェイっぽい…; むしろ大佐が弱い。