そうして、またひとつ誓いを立てる。
しのび寄る終わりに気付かない振りをして。










 目を閉じて、と言われたのでガイは大人しく両眼を閉じた。
 人間は認識の九割を視覚に依存しているとかそういう極めてどうでもいい話をふと思い出し、なるほどそれは事実かも知れない、などと頭の片隅で考える。グランコクマの都では、常に瀑布の音が鳴り渡っている。その中にあってなお、普段は気にも留めないような些細な物音が耳朶に触れ、微かな空気の流れが頬を撫でていった。
「……」
 すい、と空気が動き、手袋越しの手が頬に触れた。冷たい指先がひたひたと、細い軌跡でもって頬から顎へと滑り落ちる。そうしておいて、何かを確かめるように今度は目元までを撫で上げたその手を、ガイは黙って片手で掴んで引き剥がした。
「冷たい」
 短くそう言って、掴んだ手をぎゅっと握る。自分の手もさしてあたたかくないことは知っているけれどそれでも、ジェイドの血が通っているのかも疑わしい冷たさよりはかなりマシだ、と思う。
 あたためてやれるなどとは思わない。
 両眼は閉じたままなのでその表情は読めないが、やはりそこにあるのはいつも通りの笑みなのだろうな、と漠然と考えて少し笑った。
 空いた方の手をそっと自分の目元に当てる。自ら閉ざした一つの感覚と、それによって遮られた一つの認識。
 どうせなら何も言わないで欲しい。ただ黙って、この手を振りほどかないでいてくれれば、それでいい。
「誓います」
「は? 一体何を…藪から棒に」
「これっきりと、一度だけと」
「だから何を」
 訝しげに問いを投げ、ガイは未だ掌に覆われたままの目を開く。
 広がるのは暗闇。そして少し遠のく音の洪水。
「誓います。これっきりですから」
「だから……主語を言えっての。何を誓うんだ?」
「ですから、これっきりであることを、誓います」
「アンタなァ…それじゃあ会話が成り立たないだろうが」
「誓います。一つだけ、これっきりですから」
「……」
 誓う、ともう一度繰り返し、ジェイドはそれきり口を噤んだ。
 何を誓うというのだろうか。これっきり。こんな漠然とした思いが、例えばジェイドにとってさいごの誓いであるというのなら、それはあまりにも哀しすぎる。消せない過去の傷も知っている。その所為でうしなったものの、その大きさも知っている。ジェイドは今も、何かをうしなうことを怖れている。ジェイド自身は気付いていないかも知れないけれど、傍らにいたガイはそれを酷くよく知っていた。
(……あァ、)
 明確にしたがるのは、その所為か。
 守られない約束、というものはあまりにも多く、それが当人の意思によらずとも、結局残るのは鈍い痛みばかりだ。だったら初めから、約束なんてしなければいい。たとえどんなに簡単な命題であっても、結局のところ―――守るべき当人が死んでしまえば、それは決して守られることのない約束になってしまう。
 ジェイドが怖れているのはつまりそういうことなのだと思う。
 何かの喪失とはすなわち、その間にあった約束が決して守られないという何よりも明確な証なのだ。
(だから……これっきり、か)
 考えてみれば単純な帰結ではある。是非はともかく、ジェイドは時に極端に他者に寄った考え方をする。ガイにとって、それは酷く哀しく、酷く痛い。ジェイドは知らないのだろうけれど。
「………」
 言うべき言葉が見つからず、ガイはただ、ジェイドの手を掴む手に力をこめる。今のジェイドの姿は知っているけれど、その、根底を成すものを正しく知らない自分がいる。
 もしもそのとき、自分が傍にいられたら、何か変わっていたのだろうか。
 考えても詮無いこと。けれどどうしてだろう。考えずにはいられないのだ。
(……例えば、嘘でも)
 何かを約束出来たらよかったのかも知れない。ジェイドが"これっきり"と誓ったように、自分も、漠然とした―――それこそ守るも守らないもないような―――誓いを立てることが出来たら。
 目を覆う手が冷たくてよかった。感情に任せて、無用にジェイドを傷付けてしまうことが怖かった。
「ガイ」
「…………」
「………ガイ、」
 繰り返し名を呼んで、ジェイドは一度だけ緩くガイの頭を撫でた。
 掴んだままの手は未だ冷たい。
 あァ、泣きそうだ。ガイはまるで他人事のようにそう思った。
















(ブラックアウト ......約束できればよかったのに)


物凄く私らしいというか、マイワールドな話です(苦笑)
まァいつもながら、結局ぐるぐるしている大人二人。そしてそこについて回る安堵と痛み、とか、そういう雰囲気を目指しました。…多分。