*「かじかむ手をとった」の続きっぽいです 伴う痛みは嘘のように。 消えゆく余韻は静寂に似て。 “今なら、キスをしても許されるでしょうか? ” そんなジェイドの問いにティアは答えず、今もって熱を持たない手にちらりと視線をやった。 許すとか許さないとか。 そんなのは恐らく詭弁に過ぎないのだろう、と思う。 水がシンクに跳ねる音がうるさい。 壊れてしまいそうなほどに鳴る心音よりも、なお。 「…沈黙は肯定と取りますよ」 「許容する理由も拒絶する理由も私にはありません」 「それは…遠回しな要求ですか?」 「大佐がそう思うのであれば、あるいは」 「……ティア」 「はい」 呼びかけに返る声はためらいなど微塵も感じさせず、凛と見据える瞳もまた、まっすぐにジェイドを捉えた。 戦慄にも似た高揚にジェイドの口元に笑みが浮かぶ。 掴んだままの手をティアは拒まない。 決して握り返さない代わりに。 「…目を、」 閉じて、と続くはずだった言葉は、いともあっけなく触れ合った唇に遮られた。 触れてきたのがティアの唇だと気付くのに一瞬。 眼球だけを動かして少し低い位置にあるティアの瞳を見やれば、普段の比でなく鮮やかな蒼が一つ瞬いた。 温度も感触も、よくわからない。 少なくとも、あたたかいとだけは互いに思わなかった。 曖昧な感情、そして刹那的な衝動。 きっとこれは恋じゃない。 けれど、きっともう手離すことも出来やしない。 互いに決定的な何かを恐れている。 それは、あるいは終わりのときかも知れないのだ。 どれくらいそうしていたのか、ただ触れるばかりだった唇はやはりそれ以上も以下もなく離れた。 すっかり意識の外に追いやっていた音が戻ってくる。 相変わらず、水音はやけに耳についた。 「…ティア」 「はい」 「それは要求の代わりですか?」 「…大佐は、随分と私のことを買いかぶっている気がします」 「そうでしょうか?」 「そして同時にとても見くびっている。…違いますか?」 すっと蒼眼を眇めてティアは問う。 笑んでいるとも睨んでいるともつかない瞳。 対照に、ジェイドは同じく眇めた双眸に忌憚なく笑みを含ませた。 「余韻に浸る暇もないわけですか」 「はぐらかすのならそれは肯定です」 「…まァ、別にどちらでも構いませんが」 「……大佐」 「はい」 先刻のティア同様、凛とした声でジェイドは返す。 けれどやはりティアは笑わなかった。 「…目を、」 そこまで言ったところで、伸びてきたジェイドの手がティアの視界を覆う。 掴まれたままの手は強く握られ、痛いと思う間もなく再び重なった唇を不思議と今度は熱いと感じた。 中途半端に上げた首が痛い。 視界を奪うのは卑怯だ、とティアは思った。 結局、望む形はここにはないのだ。 望む形が曖昧に過ぎることさえ気付かず、求めるものの不確かさをも認めず。 それは刹那に残る余韻だけの確か。 もうわからない。 一体いつまで、この手はここにあるのだろうか。 「……、…」 「キスは初めてですか?」 「大佐は慣れていますね」 「流石にこの歳ですから……フフ、そうですね…今回ははぐらかされておきましょうか」 くすくすと笑みを交えながら言い、ジェイドはティアの頬に掠めるようにキスを落とす。 それを最後に何の未練もなく手は離れ、ようやく戻った視界にティアは一つ息をついた。 零れた吐息が妙に熱い。 「大佐、私は…」 「黙って」 短く制された言葉の続きは三度目のキスの合間に消えた。 近すぎてぼやけてしまうほどの距離にあるはずの紅い瞳は、さもそれが当然であるかのように下ろされた瞼に隠れて見えない。 触れ合うのは唇だけ。 手を伸ばせば容易く届く距離を、けれど互いに埋めようとは思わなかった。 いつかきえてなくなってしまえばいい。 おともなく、すべてなにもかもとけてしまえば。 (……キスをするのは、本当に、) 手を繋ぐより容易いのかも知れない。 ぼんやりと霞のかかる頭でそう考え、ティアはジェイドに倣ってそっと瞼を下ろした。 (Stillness Silence ......キスの余韻は空気にとけて) えー…と、何ていうか、キスしてるだけの話になりました; やっぱりジェイド→←ティアっぽいんですけど…何か、うん、ティアのキャラが激しく違う気がします(…) 一応「かじかむ手をとった」の続きっぽいイメージですが単品でも読めると思います。相変わらず変な話です。 |