いつだって思っている。
そうでなければいいと、願っている。










 合わせた唇は思ったほど冷たくはなく、ああこの人にも体温というものはあったのか、などと妙に場違いなことを考えた。
 何処をとってもあたたかい印象を受けないその容貌も、言動も、けれどやはり人並みの体温と共にここにある。
 わかりきった事実であるはずなのに、そこに付きまとう違和感はどうしても拭えない、と思った。
 音もなく落ちた口接けは、掠めるように触れる事を数度、そうしておいて今度は角度を変えてもう少し長く触れてくる。
 冷たくない。
 意味もなく、もう一度改めてそう思った。
「………、ん」
 そろりと伸びてきた舌に促されて薄く口を開けば、まるで捻じ込むようにそれが差し入れられる。
 どうしていいかわからずただ翻弄されていれば、息を継ぐほんの刹那に笑むような吐息が零れたのがわかった。
 熱い。
 どうしようもなく、熱い。
「ん……っ、ぅ」
 自分の吐息さえも熱を帯びている事がわかる。
 温度などとうに意味を成さず、これならば本当に冷たい方がいい、などと上手く回らない思考の端で考えた。
 壊して欲しいといえばきっとこの人は叶えてくれる。
 もっとも、それが私の望む形であるとは限らないのだけれど。
 ちゅ、と小さく音を立てて唇が離れる。
 それに合わせるようにして触れてきた大きな手に、いささか大袈裟に肩が跳ねた。
 小さく睨み、けれどやはり返ってくるのは底知れない笑み。
 溜息にも似た息をつけば、先刻と同じ笑むような吐息がそれを追いかけた。
 逸らそうとした視線は頬を包む手に阻まれる。
 手袋越しの体温でさえも熱い。
 熱くてどうにかなってしまいそうだ。







  あたたかいという違和感と揺るがない現実。
  それを伝えたところで、きっとこの人はいつものように苦く笑うだけなのだろう。
  決まりきった感情、あるいは印象。
  結局、特別になどなりえないのだろうか。


 (関係ない。そんなこと、今は、まだ)


  どうあっても続いていく。
  明確な理由などつけられようはずもなく、ただ漠然と募る細い細い願望。
  手を離すことをためらったりしない。
  置き去りにしたその先に、例えば何も得られないのだとしても。







「……終わることばかりを考えるのは、賢いとは言えませんよ」
「けれど、そのときはやがて来る。その形がどうあれ、終わりのときは、いつか」
「…どうしてあなたは………いえ、やめておきましょう」
「大佐だって、同じことを考えているはずです」
「だとすれば、終わりのときはきっと穏やかですよ、ティア」
 甘やかさの欠片も感じられないやり取りと、今なお触れたままの、てのひら。
 両極端な熱度、反比例する感情。
 いとおしい、と思ってしまう。
 嘘でも本当でも構わない。
 終わってしまっても構わない。
 そう思っているのは、あるいは私だけかも知れないのに。
(それなら、この手は一体いつまで)
 言われたそばから、いつとも知れない未来のことを考えている自分に苦笑する。
 ただ、恐らく私にとって終わりというものは、大佐が思う以上に近く、私が思う以上に穏やかなのだろう。
 ずっと共にあれる未来を望まないわけではない。
 けれど、結局互いに、漫然と続くだけの未来など求めてやしないのだ。
 どうして出逢ってしまったのだろう。
 どうして、どうして―――
「大佐だって望んでいるのに」
「……何を」
「終わりを、です」
「―――さァ、どうでしょうね」
 言葉の終わりと共に、触れてきた唇を受け止める。
 どうしてか、そこに先刻のような熱はなく、静かに離れていく口接けには余韻などない。
 ただ、胸の奥深くに凝る喪失感だけは明確だった。
「決まった未来など、ありはしない」
「………そうでしょうか」
「そう思った方が…幾分楽なのでは?」
「嘘、です。大佐が、そんなこと、そんな……気休めを、」
「―――私にだって、」
 至近距離で発せられる言葉と、その度に唇を掠める吐息。
 頬に触れる手が背に回され、そっと私を抱き締める大佐の細い髪が代わりとばかりに頬を擽った。
「嘘でも、いいんです」
「……ティア、」
「失いたくないと、終わって欲しくないと………嘘でも」
「ティア」
「…言って下さい」
「………、」
 沈黙が下りる。
 合間に落ちるのは長く、細い吐息。
 伝わってくる心音はやけにゆっくりで、こんなときまで冷静な大佐がほんの少し羨ましかった。
 抱き締めてる腕は優しく、体温は恐らく私より低い。
 先刻の熱は何処へ行ってしまったのだろうか。








「いつか、」








 ぽつり、零れた言葉はそこで途切れた。
 再び下りる沈黙、そして落ちる吐息。
 大佐は続きを口にしようとはせず、私も強いて続きを求めようとは思わなかった。
















(stereotype)


結局、うちのジェイドさんとティアはこういう形に落ち着いてしまうらしいです。
二人共、おそらく互いが思う以上に子供を脱しきれないまま半端な大人になってしまって、わかっているつもりでも実は何もわかっていない。
決定的な何かを避けるからこそ、曖昧な言葉を求めて、同時にそれを厭うのでしょう。
あとがきまで何言ってるのかわからなくなってきましたが、多分、私の中のイメージが集約されたものがこの話なのだと思います。