緩やかに日々は流れていく。
ただ、そこに至るまでの何かは曖昧さを増して。










 多くの近しい存在を失ってなお、掴み取った未来は残酷なほどに穏やかだった。
 最初でこそあらゆるところから持ち上がる綻びの対処に追われていたが、それもやがて波が引くように音もなく沈静化していった。
 プラネットストーム停止による弊害もまた然り。
 だが、これまではプラネットストームがあるが故に低迷気味だった新エネルギーの研究が活性化したことは、弊害でなく功労と言っていいだろう、とジェイドは思っていた。
 分厚い書類の端をクリップで留め、机の上にばさりと投げ出す。
 一番下の一枚が変に折れた気がしたが、少し考えて結局見なかったことにした。
「変われば変わるものですねェ…」
 あの旅の仲間達も、色々なところで活躍――と言っていいのか多少微妙なところがないでもないが――しているらしく、帝都グランコクマにじっと留まっていても噂は風に乗って無遠慮に耳に入ってくる。
 教団の再編。レプリカの保護。
 善悪問わず色々な感情を孕んで聞こえてくる噂話は、どの目標に対しても一進一退である以上の情報をもたらしてはくれないのだが。
 もう一度机の上に投げ出した書類を手にとって見るともなく捲る。
 名目は報告書。
 しかし実際は、噂話以上に正確な今の状況を綴った、ティアからの私信だった。
 数日前に書類を携えて尋ねてきたことにも驚いたが、それ以上にジェイドはティア自身の変化に驚いた。
 かたくなに兵士である事を自分に課していた彼女が、神託の盾ではなく教団の正装を身に付け、更には薄く化粧までして自分の元を単身訪れたのだ。
 あの旅のあと。多くのものが劇的な変化を遂げた。
 だがしかし、きっと一番変わったのはティアだ、と根拠なくジェイドは自身に断じた。
「…あァ、そういえば今日辺りダアトに戻ると言っていましたっけね…」
 公務半分、私用半分、とティアは言っていた。
 初めそれを聞いた時、ジェイドは当然公務ついでの私用だと思った。
 だがよくよく考えれば、あのティアの口調ではまるで逆ではないか、と何となく思い直していた。
 私用ついでの公務。
 かつてのティアでは考えられない。
「変わってないのは…あるいは私だけなのかも知れませんね…」
 グランコクマに戻り、数多の昇進の誘いを全て蹴って再び始めた研究。
 思い描いていたほどには事は順調に進まないものの、フォミクリーという技術、レプリカという存在は確かに代替品以上の何かに取って代わろうとしている。
 それは確かにジェイドの功績であり、あの旅の功労。
 けれど何処か釈然としないのは、恐らく。







  失ったものはあまりにも大きく、それなのに得たものは簡単に掌を零れていく。
  今更許してくれなどと言うつもりはない。
  そんなことをしたら、あの瞬間の彼への冒涜になってしまうから。
  哀しい決意、なんて、そんなものではない。
  あれは彼の意思。揺るがない、彼の決断。







「……ティアは、」
 自分を恨んでいるのだろうか。否、きっとそんなことはないはずだ。
 これは自惚れではない。
 ただ、ティアは極めて自分と似ているから。








  自分だけが知っていることもある。
  自分だけが知っている表情もある。
  それでも、きっとそれは全てにはなりえない。
  曖昧に通った想いの狭間、いつだってそこには彼の姿があったのだから。








 終わりが近い、というのは何となくわかっている。
 あるいは、判決のときは。
 曖昧なままというのは何にせよひどく楽で、現在のように時々――というか極稀に――会って他愛ない話をほんの少し出来ればあるいはそれでいいのかも知れない。
 あの日々は終わったのだ。
 あの、刹那でも近しい存在であると信じられた日々は。
(泣けない……いえ、泣かないのは…お互い様なのでしょうね)
 真意などわからない。
(……泣くなと言ってくれたら…泣けるかも知れない)
 ありえないと知っている。
 互いに、その笑みの裏側を探るのには飽いたのだ。

  だからこそ、お互い。
















(Ambiguousness ......そう笑うきみのほうこそ)


ティア出てこないけど、ジェイティア。ていうかやっぱり、ジェイ→ティアっぽい(…)
EDの少し前辺りのイメージですが…どうだろう、決戦後1〜2年ぐらいかな、多分。
ジェイティア未満、ジェイ+ティア以上。訪れるのが終わりか始まりかを、何となく怖れるジェイドさんの図。