冷たい手は届かない。
その手の確かさえわからずに。










 勢いよく水道から吐き出された水を指先で受け止めた。
 触れた瞬間はぬるかった水も流れ出すにつれてどんどん冷たくなり、水圧と相俟って走った微かな痛みにティアは少しだけ眉根を寄せた。
 感覚がなくなるのに比例して赤くなる指先。
 もういいだろう、と思い逆の手を蛇口に伸ばせば、届く前にそれは別の手に掴まれた。
「まだ駄目です」
 背後から笑みを含んだジェイドの声。
 そのまた後ろからは、仲間達の声や食器のぶつかる音が聞こえてくる。
「…もう平気です」
「駄目です。あとで辛い思いをするのはあなたですよ?」
 やんわりと、けれどきっぱりと言い切り、ジェイドはティアの顔を覗き込む。
「痕が残ったら大変ですしね」
「え?」
「聞こえませんでしたか? あなたの綺麗な手に、痕でも残ったら大変だと言ったのです」
「あ、いえ…聞こえましたけど……」
 曖昧に言いよどんでティアはジェイドから顔を逸らす。
 掴まれた手を振りほどこうとすれば、より一層強く掴まれる。
 もうほとんど感覚がないほど冷えた指を意識して曲げてみると、ぴりっとした痛みが走った。
「痛むのですか?」
「いえ、平気です」
「あァーっとそうだ、突然ですが一つお尋ねしてもよろしいですか?」
「…何でしょう?」
「"嘘が上手い"と、言われたことは?」
 ジェイドの言葉を頭の中で噛み砕くまでに一拍。
 そうして理解した瞬間、ティアは渾身の力でジェイドの手を振りほどいて、距離を取った。
 濡れた手から水滴が散る。
「どういうつもりですか?」
「どうもこうも。ちょっとした好奇心ですが」
「嘘ですね」
「ええ、嘘です。…あなたと同じで」
 なおも言い募ろうとするジェイドを睨もうとして、けれどそれは失敗に終わった。
 冷え切って感覚のない手を握り締めかけ、はたと冷静になったティアはジェイドから目を逸らして奥歯を噛み締めた。
 嘘つき。
 それはこちらの台詞だ。
 そう言ったところできっと、また曖昧に返されてしまうのだろうけれど。
「…その質問、そっくりそのまま大佐にお返しします」
「おや、それは残念です」
「……でも…大佐は嘘が下手ですね」
「ははは、哀しいかな根が善良なもので」
 からかうように笑って、ジェイドの手がゆっくりと蛇口を捻る。
 勢いを保っていた水は次第に細り、やがて音もなく流れるのをやめた。
 より一層鮮明に食卓の歓談が耳を打つ。
 それはまるで別世界のような。
「火傷、痛みますか?」
「平気です」
「…しかし珍しい、何故、火傷など?」
「あなたには関係のないことです」
「…これはこれは……随分と嫌われたものだ」
 やれやれ、とばかりにジェイドは緩く首を振り、けれどその顔には至極楽しそうな笑み。
 先刻自らの手で閉めた蛇口をもう一度捻り、細く細く流れ出した水は鈍い音を立てて銀のシンクで跳ね返った。
 ティアはすっかり水気の飛んだ自分の手を見る。
 痛いのか冷たいのか、自分でもよくわからなかった。
「大佐」
「何ですか?」
「私は、あなたのことが嫌いなわけではありません」
「……フフ、私もですよ…ティア」
 先刻の楽しげな笑みとは打って変わって、苦笑にも似た微笑を浮かべてジェイドは答える。
 一歩、二歩と縮まる距離。
 再び蛇口を捻ろうとしたジェイドの手は、今度はティアに掴まれて阻まれた。
「…ティア、やはりあなたは嘘が上手い」
「何のことでしょう?」
「…そういえば、手を繋ぐのはキスをするより難しいそうですよ」
「それは、」
「単純な事実です」
 続くはずだったティアの問いに言葉をかぶせ、ジェイドは自分の手に重なるティアのそれを絡め取った。
 冷たい手と、冷たい手。
 そこに熱など生まれようもなく。
「だから、」
 一瞬、引き寄せられたティアの冷たい指先にあたたかい感触。
 そして、追いかけるように問いが一つ。




 “今なら、キスをしても許されるでしょうか? ”















(icy line ......かじかむ手をとった)


な、何か殺伐として…る、気が…どうなんですかねこれ?(訊くな)
ジェイティア、っていうか、ジェイド→←ティア、みたいな(何にでもそう言ってる気がする)
明らかに説明不足なんですけど、火傷をして手を冷やしているティアとそれに構う大佐の話です。さっぱりわかりません。