ほんの些細なきっかけと衝動。
伝え方は人それぞれ。










「お前達は幸せそうでいいなァ」
「は?」
「お前とジェイドの事だよ。何だ、それとも破局寸前だったりするのか?」
「……あの、失礼ながら陛下、全く話が見えないのですが…」
「だからお前とジェイドの事だと言っているだろうが。恋人同士なのだろう? …なァ、ジェイド」
「へ!?」
 我ながら間抜けな声を上げてガイは後ろを振り返る。
 案の定というか何というか、そこにはいかにもうんざりだという体のジェイドが扉を背に立っていた。
 なるほど。君主に剣を向けたくなるのはこういう時か。
 ガイは頭の片隅でそんな物騒な事を考え、けれど表面にはほんの少し表情を引き攣らせるに留めた。
 丁度自分がいる位置から対角線上、姿勢正しく扉の前に立つジェイドを改めて窺うように見やる。
 表情こそ普段と変わりないものの、取り巻く空気は間違いなく氷点下だ、と直感的にガイは思った。
 (有難い事に)すっかり自分にも慣れてくれたブウサギ達がわらわらと寄ってくる。
 本能で何かを悟ったのだろうか。なかなかに侮れない。
(…じゃなくって、)
 思わず逃避していた思考を目の前の現実に引き戻す。
 沢山のブウサギ。氷点下の空気を纏うジェイド。
 ここは言わずと知れた帝都グランコクマ。
 更に細かく言えば宮殿内はピオニーの私室で、一応貴族でありながら半ば使用人状態の自分はこうしてブウサギの世話をしていたわけなのだ、が。
(勘弁してくれ…)
 いつもながら、そんなガイの悲痛な思いなど知る由もなく。
 ピオニーは自分に一番近い所にいたブウサギ(珍しい事にそれはサフィールだった)を抱き寄せ、にやにやと人の悪い笑みをジェイドに向けた。
 ああもう勘弁して下さい本当に。
 聞き入れられない事など判っているが、それでも願わずにはいられない。
「……毎度毎度思いますが、あなたのその頭の中には一体何が詰まっているんでしょうねェ…一度中を拝見したいものです」
「お前が言うと冗談に聞こえんが…まァいいさ。それで、どうなんだ? ノーコメントは不可だぞ」
「おやおや。またそんな判りきった事を仰って…ガイが困っていますよ?」
「俺に振るな!!」
「どうなんだガイラルディア?」
「そうですよガイ、いつまでもはぐらかしていても仕方ないでしょう」
「はぐらかしてんのはアンタの方だろうが!」
「嫌ですねェ、いつ私がはぐらかしましたか? 私はいつだって全身全霊であなたを愛しているというのに…」
「黙ればか! あ、いや、悪かった…俺が悪かったから、でもって判ったから、頼むからもうお前何も言うな」
「…だ、そうですよ陛下?」
「…………いや、取り敢えずガイラルディアの為に少し黙ってやれジェイド」
 すっかり煙に巻かれた格好になったピオニーは苦笑交じりに溜息をつく。
 相変わらずからかい甲斐のある二人だと思う反面、何となく可哀想な感が否めないのは何故なのだろうか。
「…で、ガイラルディアも取り敢えず否定はしないわけだな?」
「……まァ……そうですね…否定しても無駄というか…後が怖いというか…」
「…それこそ否定しないが……やっぱりお前達は幸せそうでいいなァ」
「畏れながら陛下、全くこれっぽっちも嬉しくないのですが」
「そう言うな。お前が現れてからというもの、ジェイドは随分変わったんだぞ?」
「陛下っ!」
「お前は黙ってろジェイド。…ジェイドはああやって誤魔化してばかりだがな、多分お前は、お前が思う以上にアイツに愛されてるぞ。それだけは、この俺がマルクト帝国皇帝の名において断言する、うん」
 最後に一つ満足げに頷くピオニーに、一体何がそこまでの自信になるのか、とガイは訝しげに眉根を寄せた。
 ピオニーの言葉をどうにか頭の中で噛み砕く。
 もしそれが本当なら、ジェイドは。
「…………照れ隠し?」
「それ以上言ったら色々と容赦しませんよ」
「すみませんでした」
「…陛下もですよ。部下をからかうのも程々にして下さい」
「お前はこれぐらいしないとろくに気持ちを伝えようとしないだろうが。だからお前が悪い。ガイラルディアが可哀想だ」
「言葉にしてしまえば安っぽくなってしまうものもあります。私は私なりに、きちんとガイを愛していますので、ご心配なく」
「ああいえばこういう……まァいいか、もう惚気は沢山だ」
「おや、それは残念です」
 何が残念なのか。というか、これ以上何を言うつもりだったのか。
 考えれば考えるほどろくでもない想像ばかりが脳裏をよぎり、結局ガイは現実逃避がてらピオニーを真似て目の前のブウサギに緩く抱きついた。
 ここ数ヶ月で学んだ事の一つ。
 ジェイドとピオニーの会話には、極力口を挟まないに限る。
(…それにしても)
 結局否定を一度も口にしなかったジェイド。
 つまりそれは、何よりも明確な肯定の裏返し。
 愛している。そう口にしてしまえばその感情さえも安っぽく、或いは薄っぺらく感じられてしまうというのに。
(………嬉しい、かも、知れない)
 未だピオニーと何やら言い合っているジェイドをちらりと見やる。
 その姿は普段と何ら変わらないのに、あァ、どうして、





  「…好きだなァ…」





 愛しさ余って思わず零れたそんな呟きに、慌ててガイは片手で自分の口を塞ぐ。
 聞こえていなければいいのだが…という淡い期待はやはりというか、裏切られた。
 恐る恐る顔を上げれば、何とも形容し難い表情を浮かべたジェイドとピオニーが此方を見ている。
 ざ、と血の気が引くような気がした。
「………、…」
「………あの、陛、」
「くくくっ…あっはははははははははっ!!」
「…陛下…?」
「はははっ、はは、はァ…全く…何なんだお前らは、さっぱり判らんぞ」
 それは此方の台詞です。
 いっそそう言ってやろうかと思ったが、どう考えても無駄だと悟って結局ガイは沈黙を保つ。
 ジェイドは何も言わない。
 何とはなしに恐ろしい。
「もういい、もう満足だ。あとは二人で好きにやってくれ。くくっ…」
 まだ残る笑いを押さえ込んでピオニーは言い、サフィールを腕の中に抱き直す。
 何を考えているのかさっぱり判らない。
 或いは、何も考えていないのかも知れないが。
「……ガイ」
「なっ、何でしょう…?」
「行きましょうか」
「……はい」
 穴があったら入りたい、と思いながら、ガイはジェイドの声に従ってのろのろと立ち上がる。
 それを合図にガイの周りに集まっていたブウサギ達も各々の気に入りの場所に散り、それに加われなかったサフィールだけが未だピオニーの腕の中でもがいているのは見なかった事にした。










**おまけ

「ガイ」
「…何だよ」
「好きですよ」
「……知ってる」
「おや、先程のように言ってはくれないのですか?」
「…あんまり言うと……その、有難みがないだろうが」
「フフ…そうですね、ではまた今度聞かせて下さい。出来れば、二人きりの時に」
「…ばーか」
















(half-Truth)


この三人が揃うと会話を書くのが楽しいので会話ばかりになりがちです。寧ろなってます。
陛下はトラブルメイカーだったりアドバイザーだったりしそうなイメージですが、最終的に全てトラブルに繋がってしまいそうな気が(笑)