望まぬ終わりを繰り返す。
そうして、はじまりのときもまた。










 前進も後退も、或いは停滞すらなく日々はただ流れ、過ぎた。
 余りにも味気なく、また意味もなく自分を連れて行く濁流のような日々も、それが続けばいっそこんな感情さえも押し流してくれるのだろうか、とガイは思った。
 考えない、と考える。
 想わない、と思う。
 矛盾している。けれど、真実なのだ。
「……」
 全ては、もちろん望んだ形とは多少なりとも違えど一応の終結を見た。
 戦いの日々は終わり、曖昧な安寧だけがただ静かに横たわっていた中にあってなお、まだあの頃は幸福であったはずなのに。
(……幸福、ね。安っぽい話だ)
 自嘲、そして諦念。
 考えないと繰り返し唱え、けれど思考は結局今はない幸福ばかりを明滅のように映しては消える。
 ガイはデスクについていた頬杖を外し、代わりにその手で何もない机上をコツコツと叩いた。
 思考、明滅、繰り返し、そして暗転。
 結局浮かぶのは過去のことばかりで、ならば今自分はどうすべきなのか、という問いは恐らく意図的に避けていた。
 ガイは細く長く息を吐く。
 仮にそこに互いの真意がなくとも、何もかも、もう終わったことなのだと言い聞かせた。







  歳月だけは確かに流れ、いつまでも同じでいられないと気付かされた。
  知っていようと知っていまいと同じこと。
  多分、ほんの少しの痛みの差異。
  告げる側と、告げられる側。
  いずれにせよ、どちらも望んでいないことだけは、確かで。







「あーあ…いい加減女々しいな俺も…」
 少しだけ意図的に思考を走らせる。
 あの日々は、そう、あの恋はきっと幻想だったのだ。
 だからこそ零れるようにもたらされた別れを簡単に受け入れられたし、時が経つまでその傷跡は長くかさぶたを保ち続けてくれた。
 それなのに今はどうだ。
 今になって剥がれたかさぶたは、どうしようもなく痛んでガイを緩やかに苛んでいる。
 きっと本当は大丈夫ではなかったのだ。
 ただ、泣き縋れるほど子供でもなかっただけで。
「ジェイド今頃何してるかな…会いたいなー……」
 呟いてみて、その言葉の女々しさに思わずガイは苦笑を零す。
 叶わぬ恋に身を焦がすなんてまっぴらだ。
 それならばいっそ、全てなかったことにして忘れてしまおうか。
「それこそありえない…か……」
「案外そうとも限りませんよ」
「…事の発端を作った奴が何を今更」
「おや、驚きませんでしたねェ」
 ほとんど独り言同然だったガイの言葉に声が返り、けれどガイは特に驚くでもなく冷静にそれに応えた。
 気付いていた、否、知っていたというべきか。
 何故なら、
「ここはアンタの執務室だ、アンタがそのうち帰ってくると思うのは当然だろう?」
「ま、それもそうですね」
 特に何の感慨もなく、ただ事実を並べ立てるように互いに言う。
 ガイは軽くデスクを蹴って椅子を回転させる。
 年季の入っていそうな大きめの椅子は、わずかに軋る音と共に滑らかに回った。
「それで? ご用向きは?」
「たまには愛の告白でもしてやろうかと思って」
「すみません、ちょっと今時間外なんですよ」
「何の時間外だよ…」
「まァそれは冗談ですが……ガイ」
「何だい?」
「そんなもの、もうとうの昔に終わった話ですよ」







  安っぽい幸福さえも信じられた日々。
  育ちすぎたその感情は、今更無に帰すことも出来ずに燻り続けている。
  けれど仮に、いつか手離さなければいけないのだとして。







「もういいだろう? アンタだって……多分、同じように思ってるはずだ」
「自惚れもいいところですよ。そんなもの、私はとうに忘れました」
「なら、俺をここから追い出すなりアンタが出て行くなりすればいい。忘れたって言うならこの話はアンタにとって意味を成さない。それはつまり、する必要のない会話ってことだろう?」
「それは詭弁です。……いえ、それこそどうだっていいですね。そこまで言うなら、ガイ、今すぐ…出て行きなさい」
「嫌だね」
 ガイの言葉に、ジェイドの表情がわずかに歪む。
 睨み付けるように紅い双眸を細め、けれどその表情は何処か困っているようにも見えた。
 そんなジェイドを、ガイはそぐわぬ笑みでもって見つめ返す。
 本当はわかっている。
 頭の中でそれだけをもう一度繰り返した。
「なァ…ジェイド、」
 反応を見るように一拍、そして。



「本当はどうだっていいんだろう?」



 曖昧に落ちたたった一言。
 ジェイドは微かに目を瞠り、ガイは対照に満足げに双眸を眇めた。
「アンタは理由が欲しかった、けど、そうそう都合のいい理由なんて転がっていやしない。だからこんな歪んだ形になってる。アンタも俺も結局、」
「黙りなさい」
「黙らない。アンタも俺も結局何も変わっちゃいない。お互いにお互いを置いて、変わってしまえたらどんなによかったかとアンタは思ってる。でも俺はそうは思わない。だって俺は、」
「黙りなさい!」
「黙らない! だって俺はジェイドが、」
「ガイ!!」
 珍しくも声を荒らげてジェイドはガイの言葉を遮った。
 紅がきつく蒼を睨みつける。
 けれどガイは揺るがなかった。
「…なァジェイド」







  声はひどく静かに。
  それ以外もただただ静寂を保ち。
  到底無理だったのだ、多分、離れてしまおうなどということ自体が。
  けれど、それは好きだとか嫌いだとかではなく。







「…最後のチャンス、の、つもりだったのですがねェ…」
「どうだかな」
「逃げるのなら、今ですよ」
「旦那こそ」
「………やれやれ」
 溜息に乗せてそう言い、ジェイドはそっと片手をガイに向けて差し伸べる。
 口先だけの忠告、あるいは最後通牒。
 困ったようなジェイドの笑みに、ガイはとても艶やかに微笑んだ。
「…あなたには敵いません」
「お褒めに預かりどうも」
「……ですが、そんなあなただからこそ惹かれたのでしょうね」
「それでなくても俺にはアンタが必要なんだよ」
「……そうですか」
 駆け引きさえもすでにない、真実のみを含んだガイの言葉にジェイドは今度こそ穏やかな笑みを零す。
 そうして、ガイは再びジェイドの手を取った。
















(intersection)


こういう観念話っぽいのを書くのは好きですが、どうにも辻褄が合わなくなるのが難点です(…)