嘘つきなのはお互い様。
それは数少ない確かな事。










 ふわりと馴染んだ香が掠めると共に、伸びてきた腕に緩く抱き締められた。
 抱き締めるというよりは、包み込む。
 そんな緩やかな拘束しかしない腕にそっと手を添え、ティアは振り向く代わりに僅かに体重を背に乗せた。
「珍しいですね」
「…そうですか?」
「はい、とても」
「たまにはいいでしょう」
 是非を問うでもなくジェイドは断言し、指先にティアの髪を絡める。
 色素の薄い、細いそれはすぐに解け、一時の名残を惜しむ事なくジェイドの手から逃げていく。
 ティアはそんなジェイドの挙動をじっと目で追い、先刻ジェイドの腕に掛けた手を持ち上げると同じようにして指先に自分の髪を絡めた。
 いつもより香りが近い、と思う。
 とても近い。
「…何かあったんですか?」
「………いいえ、別に」
「…大佐は、時々とても嘘が下手ですよね」
「わざとだ、と言ったらどうしますか?」
「わざとなんですか?」
「……」
 聞かずとも判っている、といった風なティアの言葉にジェイドは沈黙でもって答えを返す。
 空いた手は飽かずにティアの髪を掬い上げ、相変わらずそれはさらさらと指の間を零れて落ちた。
「時々…あなたが羨ましくなります」
「…何故?」
「何故でしょうねェ……私にも判りません」
 嘘だ、とティアは直感的に思った。
 確証のない事は頑なに口にしないジェイドの事、ならばこれは"判らない"ではなく、"言いたくない"。
 緩く抱き締める腕。
 頬を掠める細い髪。
 纏う香りは紛う事なく大人のそれ。
 それなのに、今はまるで我侭な子供のようで。
「…大佐は、誰か個人を愛さない人だと思っていました」
「……何ですか藪から棒に」
「そういうしがらみを嫌いそうだと思って。…違いますか?」
「あなたは……時々とても面白い事を言いますね」
「面白い?」
「ええ。というか、私はこんなにもあなたを愛しているのに、そんな事を言われるとは少々複雑ですよ」
「…………ふふっ」
「ティア」
「ふふふっ、すみません…ふふ、でも…」
 くすくすと笑みを零し、ティアは自分を拘束するジェイドの腕に再び手を掛ける。
「大佐がまさかそんな事を言うなんて、思いもしませんでした」






  そんなの嘘。ちゃんと知っている。
  大切に思ってくれている。
  大切にしてくれている。
  ちゃんと知っている。
  だから、とても嬉しく思っている。






「…敵いませんね、ティアには」
「……それはどういう意味ですか?」
「そのままですよ。…そうですね……取り敢えず、今回はきちんと愛されていると実感出来たのでよしとしましょうか」
「っ、大佐!」
 頬を染めるティアを余所に、何の未練もないようにするりと腕は解けた。
 振り向いてみれば、ジェイドは普段通りの笑みを浮かべてじっとティアを見つめている。
 先刻までは一体どんな表情をしていたのだろうか。
 無理にでも振り返ってみればよかった。
 なんて、今更だけれど。
「言うなれば下らない嫉妬心のようなものです。どうぞお気になさらず」
「私には気にしてくれと言っているようにしか聞こえません」
「おや、そうですか? おかしいですねェ…」
 今しがたまでの殊勝な様子は何処へやら。
 すっかりいつもの調子に戻ってしまったジェイドに、ティアは隠そうともせずに一つ嘆息した。
 嫉妬心、と言った。
 誰が、何に、どうして。
 訊いた所で、絶対に教えてくれやしないのだろうけど。
「…人を煙に巻くのは相変わらずお上手ですね」
「フフ、褒め言葉として受け取っておきましょう」
「……もういいです…」
 呆れとも諦めともつかない口調でそう言い、ティアは自分の髪に指を通す。
 するりと抵抗なく零れたそれに、馴染んだ香水の残り香を感じた。
















(Judicial Tact.....scent)


ジェイドがティアに嫉妬する話…というか、ジェイドが何かに嫉妬して、ティアがそれを宥める話っぽい?
感情は目に見えないからこそ難しく、判らないからこそより近付きたいと思う。そういうものなのだと思います、この二人の場合。
ティアが大人なのかジェイドが子供なのか。曖昧にバランスの取れた二人であって欲しいです。