君に贈る、君を想う。
言葉にならない気持ちを籠めて。

* LUKE *










 思い立ったら吉日、だなんて、昔の人はよく言ったものだとアニスは思った。
 腕に抱えた大きめのボウルの中に片手で器用に卵を割り入れ、殻を無造作にゴミ箱に放り込むと今度はテーブルの上の泡立て器に手を伸ばす。
 かちゃかちゃと軽い音を立てながら卵を攪拌しつつ、次の工程を頭の中で思い描く。
 そうだ、取り敢えず砂糖の分量を量らなければ。それからバターを溶かして…
「なァアニスー、オーブンってどうやって使うんだ?」
「オーブンはまだいいよぅ。ルーク、先に砂糖量って」
「判った…けど、どうやって?」
「………」
 判ってはいたものの、余りにも予想通りに返ってきたルークの言葉にアニスは思わず頭を抱えたくなった。
 軽快に動いていた泡立て器がボウルの中で、何とも形容し難い音を立てて止まる。
 中途半端に攪拌された卵が何となく侘しく見えた。
「…そこにさァ、秤があるでしょ? それで量るの。100グラムね」
「秤? これか?」
「そうそう…ってルーク! それ塩!!」
 何だこのベタな展開は、と思いながらも、どうにか平静を保って再び泡立て器を動かし始める。
 ちらちらとルークの方を窺い見れば、危なっかしいにもほどがある手つきで今まさに砂糖の袋を傾ける所だった。
 これでいて、普段の料理は決して不味くないのだから不思議なものだ、と思う。
 初めの頃でこそ包丁の扱いさえも危なっかしくて見ていられなかったのに、今ではもう食事の支度を一人で任せても大丈夫だと思えるほどになった。
 必要に迫られて、と言ってしまえばそうなのかも知れない。
 或いは、驚くべきはその順応力の高さなのか。
(…ま、どっちにしたって)
 今のこの状況の危うさに変化はない。
 そう断じて、アニスは泡立て器を動かす手を止めて再びルークの方に向き直った。
 やる事為す事どれをとっても唐突と思えてしまうほど、ルークは時々猪突猛進だ。
 寧ろ思い込んだら一直線というべきか、何というべきか。
 今のこの状況も、やはりルークのそんな性格に起因していた。





『ケーキの作り方? うーん…判らなくはないけど…』
『頼む! 教えてくれ!』
『レシピあるんだから、それ見て作ればいいのに』
『見て判んねぇから頼んでるんだって!』
『…てゆーか、私は食事専門なんだけどなァ』
『そう言わずにさ、頼むよアニス』
『ぶー。お菓子作りたいならティアに頼めばいいじゃん』
『それじゃ駄目なんだよ!』
『ほえ? どういう事?』
『…………た、』
『た?』
『…タタル渓谷での事、その……謝りたくてさ』





(思い込み大賞だよねェ…ルークってば)
 未だに秤と砂糖との格闘を続けているルークはアニスの視線に気付く気配すらない。
 つい、と何とはなしにキッチンの入口に視線を走らせ、目に入った光景にしばし止まる。
 そうして入口の方に向けて一つ意味深なウインクを投げかけると、ボウルの中身とルークとを交互に見やった。
 それにしても、この分では完成するのはいつになる事やら。
「あーくそっ、ふらふら揺れやがって…」
「ルーク、焦りは失敗の元だよ」
「ンなこた判ってるってーの……あ、また!」
「……」
 いちいち声を上げるルークをアニスは冷静な目でじっと見つめる。
 こうしていると自分より年上――と言っていいのかは微妙な所だが――である事など忘れてしまいそうになる。
 思考だって至極単純だ。
 もっとも、今はまた別の理由もあるのだろうが。
(面白いんだから…二人共)
 自分の思考にほんの少し笑みを零し、アニスは再び泡立て器を動かし始める。
 そういえばバターを溶かさないと、ともう一度思った。
















(mind Total....LUKE : TEAR


ルクティア二部作ルークサイド、です。アニスとルークのコンビは書きやすくて好きです。
ちなみに彼らが作っているのはマドレーヌです。