一番楽しかったこと、とか、一番嬉しかったこと、というのは、案外はっきりとは思い出せない。
 明確に覚えているのは、哀しかったことやつらかったこと、そういう、マイナス感情ばかりだと気づいたのはもうずっとずっと前のことだ。
 マイナス感情は、時として循環する。日常に転がっているふとした出来事がきっかけとなって、呼び起こされたマイナス感情は、自分以外の誰かの感情をも時としてマイナスに傾ける。その循環を断ち切ることは難しい。生きていく上で、それはきっと避けられない痛みだ。
 けんかをした。理由はよく覚えていない、きっと些細なことだ。けれどその些細なことが、俺の中のよくない思い出を呼び起こしたのがまずかった。マイナス感情は、時として循環する。
(初めっからわかってた)
(この恋はぎりぎりでボーダーラインの上にあるんだってこと)
 出会いさえありえないかも知れなかった。でも出会った。だから、恋をした。
(きっと大丈夫。終わるんなら、きっともっと早く、)
 いい思い出を、都合よく思い出すことは難しい。けんかをした数よりもっともっと、楽しい思い出もあったはずなのに。
「……思い出せないよ」
 マイナス感情は、時として循環する。けれど、それでもいいから今はただ。






(もう戻れない5のお題/02.幼い日の想い出)
minus × minus