ありがちな話。
けれど、何てありえない話。










 コンビニ袋片手に訪れた部屋は閉め切られていた所為で随分暑気が籠もっていた。
 玄関脇に放り込まれただけの朝刊、シンクには水に浸けられたままの食器類。
 脱衣所を覗けば案の定、洗濯籠の中に溜まった衣類が目に付いた。
「どういう生活してるのかなー、最近は」
 ぽやんとしているが几帳面なサトウにしては珍しく、そこここ乱雑なままの室内。
 それでもマメに掃除機だけはかけているらしく、フローリングの上には目立った汚れは見当たらない。
 ペタペタと裸足で歩く。コンビニ袋ががさりと鳴った。
「忙しいってホントだったんだ。…ししゃももいないし」
 数日前に届いた一通のメール。
 内容は“しばらく忙しい”とだけ、簡潔に。
 その時は別段何も思わなかったが、日曜日の午後、暇を持て余して訪れてみれば部屋はもぬけの空で。
 そこまでしっかり現実を突きつけられないと信じられない辺り、自分は果たして彼をどう思っているのだろう、などと考えて睦月は一人小さく笑った。
 ぐるりと部屋を見渡す。相変わらず日当たりがいい。
 半開きのカーテンもブラインドも全部開けて、ついでに窓も網戸ごと全部開ける。
 抜けるように空は青かった。
「よーっし、洗濯日和!」
 コンビニ袋は無造作に冷蔵庫に放り込み、洗濯、洗い物、掃除、と睦月は忙しく立ち回る。
 衣類を洗濯機に投げ込み、少なめに洗剤を入れ、脱水を少し長めに設定して洗濯機を回す。
 男の一人暮らしなので洗濯物はそう多くない。一度回せば事足りる。
 晴天も手伝って、これから干しても夕方には乾くだろう。
「あと三十分」
 残り時間の表示を確かめ、小走りに玄関に向かい朝刊を拾いリビングのテーブルに乗せる。
 そのついでに発見したタオルを洗濯機に入れ、今度はキッチンで洗い物を始める。
 予め洗剤が混ぜてあったのであろう水に浸けられた食器は殆ど濯ぐだけで事足り、時計を見ればあれから十分と経っていなかった。
「布団も干そうかな」
 中途半端な時間を有効活用、とばかりに寝室へ向かい、布団を引っ張り出す。
 ベランダに出ればぽかぽかと陽が降り注ぎ、気持ちよさそうに睦月は目を細めた。
「いー天気」
 手摺に布団をかけ、落ちないように布団バサミで挟む。
 枕はソファのクッションと一緒に日当たりのいい所に転がしておく。
 ばふばふと叩いて形を整えていた丁度その時、睦月を呼ぶように洗濯機が鳴った。
 はーい、と誰にともなく返事をしてペタペタとフローリングの上を走る。
 そうして過ぎて行く午後が、何だかとても楽しかった。





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 夕刻、風が冷たくなる前に取り込んだ洗濯物を畳み終え、ベッドを綺麗に整えると睦月は一つ息をついた。
 夕食はどうしようか、と思案する。
 先刻コンビニ袋を放り込む時に覗き見た冷蔵庫は殆ど空っぽで、恐らく買い物に行かなければどうしようもない状態だった。
 多分サトウの帰りは遅いだろうし、自分がここにいるとはまさか思っていないだろうが、それでもどうしようかと考える。
 半日かけて家事をした部屋はすっかり生活感を取り戻し、いつもの居心地のいい空間になっている。
 さしずめ自分は通い妻か、などと考えそして苦笑した。
「…どーしよっかな」
 晩御飯、と呟いて睦月は今しがた自分で整えたベッドにダイブする。
 ごろんとベッドの上で仰向けになって、そうやって見上げた天井は妙に高く見えた。
 壁から続く真っ白なクロスに覆われたそれは目に痛いほどで、視界の端で煌々と灯る蛍光灯がそれに拍車をかけていた。
 ホラー映画や何かだと、こんな真っ白い天井からは大抵赤い血が染み出てくる。
 やがてそれは滴り落ちるほどになり、これもお決まりのパターンとして真下で眠っているヒロインの顔なり髪なりにぽたりと落ちるのだ。
「…だから何なんだろう…?」
 そこまで一気に想像を飛躍させて、自分の思考の統制のなさに睦月は思わず一人ごちる。
 疲れているのだろうか、いや、まさか。
 たかだか半日の家事如きで、わけの判らない思考を展開させるほどに疲れきるとは到底思えない。
 それならば事の発端は…そう、天井が白い事。
 こうして仰向けに寝そべっている自分が例えばヒロインなら、まさにホラー映画のあのシーンの通りではないか。
「……って事は、」
 映画ではそのあと、恐怖に駆られたヒロインが悲鳴を上げる。
 そしてそれを見計らったかのように、主人公である恋人が駆け込んでくるのだ。
 二人は名を呼び合い、抱き合い、キスをする。
 そして何故か、そんな怖い目にあったにも拘らずそのままセックスに発展したりもする。謎な事この上ない。
「…うわ…ありえない、ありえないありえない」
 自分に言い聞かせるように何度も呟く。
 仮に、もし仮に自分がヒロインだとしたら、主人公は、
「サトウさんがそんな事するなんて、ありえないありえない」
 寧ろ一緒に怖がりそうだ、などと思いながら、睦月はもう一度天井を見上げた。
 指先でそっと自分の唇に触れ、なぞる。
 天井は変わらず白い。
「…どうしよう……晩御飯」
 やっぱり買い物に行こう、と心の中で決め、けれど暫し、睦月は白い天井を見つめ続けた。
















(Imaginary white)


サト睦と言い張る(いつもこればっかり)むっちゃん通い妻。サト睦だってやる事はやってるんです(嫌な言い方)