世界はひとつも変化を見せず、そうこうしているうちにいつしか暑気も逃げていった。日ごとに夜は長くなり、よくも悪くも、季節は秋を深めている。
 窓から見える木々はこぞって色づき、もう幾ばくもなく落ちる運命にある葉は、けれどひどく穏やかに風に揺られていた。
「……雨、降らないかなァ」
「半引きこもり状態で何ほざく」
「ひどいなァ、ただの願望なのに」
 茶化すようにそう言えば、天候関係ねェ生活してんだろうが、と一蹴された。まったくもってその通りなのだけれど。
「つーかあれだ、また長雨になったりしたら、お前また、ノアがどうの方舟がどうのってわけわかんねェこと考え出すだろうが」
「…考えるのは自由デショ」
「そういう問題じゃなくて」
 すい、と伸びてきた手がまぶたを覆う。かさついた大きな掌。
「考えたって考えなくたってそのときは来るんだから、」
「………」
「俺といるときぐらい―――俺を、見ろよ」
 いつもと変わらない声は、ぽつりとそう言ってあとは黙った。返す言葉を考えて、けれどあんまり意味がないような気がしてすぐにやめた。どんな表情をしているのだろうか。わからない。見えない。そんなものは、見えないほうがいい。
「見たくないものだってある」
「見せたくないものも?」
「…そりゃ、あるさ」
「そっか」
 小さく息を吐いて、まぶたを覆う掌の中で、俺はゆるりと目を閉じた。
 滅びのときはやがて来る。きっと形は違うけれど、お互い、そのときのことを思っている。
「雨、降らないかな」
「……そうしたら、お前は逃げるだろ」
「………でもそうじゃなきゃ、」
 お前は俺を置いていくだろうが。そう言ってやりたかったけれど、なぜだか声が出なかった。
 秋の日は暮れていく。まぶたを覆う掌はいつかと違って少し冷たい。
 どうせなら滅びのその瞬間まで一緒にいたいと思った。きっと叶わないと知りながら、それでも、(ただうしなわれるときを待つぐらいなら、)いっそ早くそのときが来ればいい、と。俺はノアにはなりたくない。
 秋の日が終わっていく。季節は冬へと加速して、数多の生命が終わりを迎える。彼らはそれを知っているのだろうか。いつかうしなわれると、知っているのだろうか。
 まぶたを覆っていた手が唐突に外され、ぐい、と乱暴に頬をこすられる。ぼやけた視界の向こうにあいつのちょっと困ったような顔を見て、俺は初めて、自分が泣いていることに気づいた。






(神無月の蝶)
goodnight, my butterfly




連作、ノアの方舟。いろいろ端折ったらとても抽象的な話になってしまったので、あんまり面白くないかも知れません(苦笑)
お題に沿いつつ、お題を相当無視して書いていますので何ですが、解釈はそれぞれ、どのあたりが鳥なのか蝶なのか、ぼんやりと考えて頂ければ嬉しく思います。
そしてそこはかとなくBLな空気を醸していてすみません。苦手な方すみません(平謝り)