呼び出し音と組み立てる言葉。
泣き言だけは、言うまいと。









『もしもし』
「あ、大佐?」


 交換手に電話交換を頼んで数分の後、耳に押し付けた受話器の向こうから聞こえる不機嫌そうな声に、エドは嬉々として呼びかけた。


「何してた?」
『何処かの誰かさんが散々滞納してくれた報告書も含めた諸々の書類に目を通していた所だよ、鋼の』
「うわー、相変わらず能率悪い事やってんのな」
『君に言われたくはないね』
「お互い様だろ、それは。だって俺、大佐よりは世渡り上手いつもりだし?」
『君なんか軽く利用されて終わるのが関の山だろう?』
「少なくとも、アンタには利用されてないと思ってるからどうでもいいよ」
『何だそれは』


 電話越しの苦笑。
 つられるように、受話器を握り締めてエドも笑う。


『それで?』
「うん?」
『わざわざ君から連絡を寄越すという事は、何か私に用が?』
「…………」
『鋼の?』
「え、あ、いや、アンタがそんな、真っ当な質問してくるとは思わなくて」
『……君は私を何だと思ってるんだい?』
「…………………」
『何故黙る』
「…ゴメン、何か俺、すっごいアンタに悪い事してる気分になってきた」
『は?』
「声が聞きたくて、とか、言える空気じゃないなって思ってさ」
『……明日は槍が降りそうだな』
「ンだよソレ…」


 不満を滲ませて、やや低い声でそう返す。
 すると向こう側でこそりと笑う気配がして、反射的にエドは眉を顰めた。
 機械越しの相手の、揶揄うような笑みが目に浮かぶ。


『…それで?』
「それで?」
『結局言ってくれないのかい?』
「今更言えるか、ばか」
『私は君の声が聞けて嬉しいのだけどね』
「さいですか」
『何だ、つれないな鋼の』
「だから今更だっての」
『はは、だが君らしいな』
「褒めてんの? それ」
『勿論』


 互いに努めてそうしているのか、否か。
 送る言葉は短く、受け取る言葉もまた、短く。
 だってそうしないと理由がなくなってしまう。
 用件なんて、最初からなかったのだから。


「多分まだ暫く帰れない」
『そうか』
「淋しい?」
『そう言った所で早々に帰ってきてくれるわけでもないのだろう?』
「そりゃあね」
『なら、悔いの残らないようにやれる事をやってきなさい』
「うん、そうする」
『鋼の』
「何?」
『一つだけ』
「うん」
『……、…』







 途切れる声。
 酷く近い、息遣い。
 あぁ、あの人は確かにこの向こう側にいるんだ、なんて。







「…た……ロイ?」
『鋼の』
「…うん」
『生きて、帰ってきなさい』
「――――……ん。」
『それだけ』
「……ん。」









 らしくない言葉は顔を合わせていないからこそ。
 目の前にいないと判ってる。
 それはまるで、これまでもこれからもどうしたって埋めようのない距離。
 せめてこれ以上遠くならないようにと願って、それでも追い縋る事は絶対にしたくなくて。
 互いに、存在の必要だけは揺るがない確か。









「…なら、アンタも、」
『……』
「アンタも、死なないで」










 それでも、怖いと思ってしまう。










「本当は逢いたいんだ」
『そうか』
「でも、今帰ったってアンタは喜んで迎えてくれやしないだろうから」
『…そう、だな。きっと』










 譲れないもの、守りたい何か。
 知っている。
 知っている。
 それを曲げてまで、互いを選ぶ事なんか出来やしない。
 来るべきは別離。
 ただ、それすらも出来るだけ遠く、遠く遠く遠く。










『…行くんだな?』
「うん」
『無事で』
「アリガト。…アンタも」
『お互いに』
「ん。じゃあ、また」
『あぁ、また』



  ガチャン

    ツーツーツー…
















(コールドコール)


最初に考えていたのとは清々しいぐらい違う話に; そしてオチがない。
電話はね、多分お互いにあんまりしないと思います。遠慮とかじゃなくて、自分が嫌なんです、多分。