例えばそんな距離。
例えば、こんな思い。










 触れていた唇を離すと、困ったように笑われてそのままその大きな掌で視界を覆われた。
 感覚の一つを奪われた所為でそれ以外が妙に敏感になって、たった今離れたばかりの唇から今更ながら熱を感じる。
 対照的に目を覆ったままの掌は冷たく、ぱちぱちと二三度瞬きをすればくすぐったいよと言って大佐は苦笑し、結局そのまま掌は離れていった。

「…それで?」
「それで?」
「どうして目を閉じないんだい?」
「信用出来ないから」





 目を閉じる前にここにいたアンタが、目を閉じた途端にいなくならないという保障が何処に?





「心配性」
「違う」
「じゃあ、怖がり?」
「…不本意だけど、その方が近い」

 不機嫌にそう答えを返してやれば、吐息で一つ笑った大佐がまた顔を近づけてくる。
 右目のすぐ横に落とされたキスに反射動作で目を瞑れば、それを見越していたかのように今度は唇に大佐のそれが重なった。
 触れただけですぐ離れる短いキス。
 離れ際にほんの少し追いかけて、一瞬だけまた触れてそして今度こそ離れた。

「私はここにいるよ?」
「知ってる」
「目を閉じてくれないか」
「うん、そのうちね」

 答えながら再び唇を寄せ、触れるギリギリの所で大佐の目を見た。
 漆黒の中に嘘のような光。
 よくよく見てみればそれは何の事はない俺自身の姿で、それなら俺の目に大佐が映ったらそれは闇だろうな、と考えると少し可笑しかった。

「目を、」
「何でそんなにこだわるわけ?」
「一般常識。或いは礼儀として、」
「そんな事は聞いてない」
「判っているよ」

 即座に返された答えに今度は俺が苦く笑う。
 苦笑ついでにまたキスを仕掛けてやれば、今度は大佐も目を閉じずにそれを受け止める。
 至近距離、余りに近すぎて輪郭はぼやけて。
 至近距離、余りに近すぎて視線が交わる事もなくて。
 殊更ゆっくりと瞬きをして、そっと唇を離す。

「どんな気分?」
「見透かされてる気分」
「そう。つまり、そういう事」
「…アンタも?」
「多分ね」
「意外」
「失礼な」

 こうしてくれる、とか何とかほざきながら、飽きもせずに大佐はまたキスをしてくる。
 それでも俺はまた目を閉じずに、見るともなく大佐の顔を見ていた。







 愛してるとか愛されてるとかそんなつもりは毛頭なくて、それでも要するにいないよりはいてくれた方がいいだけの話。
 お互いに自分が信用に足るような人物だなんて事も思ってなくて、だからといって簡単に切って捨てられる程度の関係でない事はよく判ってる。
 ただ問題はそれが恋愛なのか親愛なのか博愛なのか憎愛なのか、という事。
 今はそのどれに当てはまらなくても構わないけれど、いつかは明確に名前を付けなければならないのだろうな、と。
 そう思えば今この時のように曖昧で中途半端な関係というのは酷く楽で、いっそ快楽に身を任せてしまえばあとはどうにでもなってくれそうな気がしてくる。

 勿論、そんな事はありえないのだけれど。







「…見えない方がいい事もあるよね」
「また余計な事を考えてる」
「うん。ていうか、アンタとの未来を考えてた」
「それはそれは。光栄だね」

 でも今は集中して、と。
 いつもより少し低い声で言われたので今度は大人しく目を閉じた。
















(シラブルクロース)


エドはキスの時目を閉じなさそうなイメージだなー、って事でこんな話。色々と矛盾はあれど、つまり彼らはこういう感じ。